※お試し小説※



「沖田君の稽古は、試衛館でもぬきんでて厳しいと評判ですから。」
「あはは!あ〜〜〜、でも、疲れたけどすっごく楽しかったです!」
ぐっ!と伸びをして、フル活用した筋肉を伸ばす。早く帰ってお風呂に入りたいなどと
鼻歌を歌うの横顔を、桂は不思議そうな視線で見つめていた。
「あ、そうだ。桂さん、あの時は有難う御座いました!」
「―ん?」
不意に視線を返してきたに、桂はすぐに表情を切り替えて問い掛ける。
気付かないは、沖田が何故自分は男装をしているのかと尋ねてきた時に
助け舟を出してくれた事を説明し、そして改めて礼を述べた。
ようやく心当たりを思い出した桂は、なんでもないと笑って返す。
「私、あの時は開国とか攘夷とか、そういう国論を持ち込みたくないなって思ったんです。
 だから一瞬なんて説明したらいいのか思いつかなくて…。
 桂さんが変わりに答えてくれて、心からホッとしました。」
「そう…。ふふ。気にしなくていいんだよ、そんな事…。」
桂は夕焼けに透ける髪をサラッと掻きあげて微笑んだ。

ああいう場に国論を持ち込むことで、対人における思わぬ綻びが生じるのは
良くある事である。しかしそれに気がついてとっさに言葉を選べる者は少なく、
そんな中では気がついて言葉を躊躇った。
…がむしゃらに己の理論や理想を振りかざし、挙句の果てには理想を掴む為に
人を殺す事も日常茶飯事となりつつあるこの時代において、桂にはあの状況で
とっさに言葉を躊躇ったに『才能』の様な不思議な感覚を見出す。

かたやは、夕焼けに溶け込む様な笑顔に脳を瞬殺され、呆然としていた。
そんな彼女に、桂は気を切り替えて告げる。
「…さ、思ったより遅くなってしまったからね。武市殿や坂本君が心配しないうちに
 帰らないと。…今日は付き合ってくれて有難う。」
「い、いえ!!それは私の台詞ですから!今日はわざわざ、有難う御座いました!」
気がつけば丸一日桂を拘束していたのである。
桂の予定は大丈夫だったのかと不安にもなったが、彼はそんな表情は
ひとかけらも見せなかったし、言葉に発することもなかった。
ただ一言、次の約束を取り付けただけで。
「…また、君の話を聞かせて欲しいな。」

▼『桂小五郎』へもどる▼  ▼他の登場人物▼