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井口村永福寺事件





※仮SSとなります。 プロット書き出しの延長であり、気持ちが入りすぎて長くなりすぎてしまった覚書きの様なもの。
途中または最後の書き込みにムラがあって不自然だったり、後に修正される可能性もあります。ご了承ください。



3月。乙女に使いを頼まれたはつみと龍馬は、すっかりはつみに傾倒している寅之進と遭遇し、共に出かけていた。
用事を済ませた帰宅途中で血相を変えた新宮馬之助に遭遇し、寅之進の弟が上士に斬られたという一大事件を知る。

駆け付けた先の永福寺において、寅之進は遺体が弟・忠次郎である事を確認。通りすがりに様子を見ていた農民たちの証言によれば、相手の上士は粗暴であると有名な山田広衛。行き違いにきちんと礼をとっていた忠次郎に自ら絡んでいった様で、『長崎がどうの』『身分不相応』などと聞こえたと言う。その内忠次郎が山田を黙って睨むなど反抗的な態度を取る様になり、気に入らなかった山田は2,3言大声で『なおれぇ!』と叫んだあと、態度を改めようとしなかった忠次郎を無礼打ちにしたとの事だった。
 こうしている間にも噂を聞きつけた郷士達が永福寺に集まってくる。龍馬が『軽率な事はするな』と周囲の者達を牽制してはいたが、彼に同調する者は極めて少なく、勢いで押し切られている。武市といったまとめ役がいない状態の郷士らは皆寅之進に同情し怒って上士への報復を叫ぶが、寅之進本人はただ忠次郎の遺体を前に顔面蒼白となり震えている。…その横で、はつみも寅之進に寄り添いながら周囲の異常な熱気を見て思う事があった。

 この事件の顛末について『歴史的知識』として心当たりがある。もしそれが今起こっている事なのだとしたら…この後寅之進は山田広衛相手に『敵討ち』をし、山田は死ぬ。上士郷士ともに『戦上等』の機運となり、結果的に寅之進は上士を殺害した罪と郷士を扇動した罪として切腹をする定めとなっている。…その事に気付いてしまったはつみはたちまち震え出し、明日にも命を落としているかも知れない寅之進を引き寄せると『行かせない』とばかりに抱き締めた。

 歴史を変えようとかそういった打算的な事ではなく、ただただ寅之進を救いたい―。その想いと共に、腰に差した桜清丸がどんどん熱くなっていくのを感じる。いつか見た月と椿の苑、と底に流れる大河が眼前に広がり、桜舞い散る中で一輪、椿が掌に収まっている…。
 周囲の郷士達は、血気はやる吉村虎太郎ら声の大きな者達による扇動もあって、もはや『忠次郎の敵討ち』よりも『気に食わない上士へ積もり積もった積年の恨み辛みを今こそ報復する時』『戦だ!!!』という論点で高まってしまっていた。この方向性でいけば間違いなく『歴史通り』となり、その全ての責を負う形で寅之進が切腹に処されてしまうだろう。とにかく周囲の郷士達を抑えなければ…。

 立ち上がったはつみは信じられない程の覇気を放ち、周囲の郷士達を…特に、今回の問題を『郷士達の恨みつらみ』へとすり替えて周囲を煽ろうとする吉村虎太郎ら一味に向けて一喝する。
『ここにいる郷士達が暴挙を成したとして一体何が起こるのか。上士は山田を差し出す事はなく、それどころか幕府が発布している『武家諸法度』に則り、この様な大規模な内紛が勃発する事で『統治能力なし』と判断されればこの土佐藩もろともお取り潰しとされる可能性まである。上士の方針としては藩の存続に影響しかねない内紛は幕府に感付かれない様内密に、しかし制圧に必要な全力を以て制圧されるだろう。山内家が徳川幕府から土佐をもらい受けた代々続く恩顧の義、更には現藩主山内容堂公が近年藩主に就いた際にあった御家取り潰しにも至りかねない相続危機を幕府の計らいによって回避する事ができたとする経緯を考えれば、容堂公及び藩としては幕府を庇いこそすれ郷士を庇うはずもない。寅之進自身が敵討ちをするのであればいざ知らず、て土佐の上に幕府というものが存在する以上、あなた達が『積年の恨み』と称し上士の誰かを斬ったところで何も変わりはしない。全てを犠牲の巻き添えにして藩の取り潰しへと追いやったのだとしても、また別の土地の『上士一族』が郷士達の上に挿げ替えられるだけ。変えようとするなら、仕組みから変えて行かなければいけない―。ならば今どうするのか?敵討ちを成すのかどうかも含め、それを決めるのは全て寅之進本人である事。これは殺された忠次郎の残されたただ一人の親類である寅之進が決めるべき問題であり、他の誰の問題でもない。他人の仇討ちに協力こそすれ、我が我が相手の首を取ろうとする、問題をすり替えてと大騒ぎをする自分達こそ恥ずかしくはないのか。』
 こういった事を、途中途中で反論を受ける度に圧倒的な情報量を以て説き伏せていく。少し遅れて到着した武市がその様子の一部始終を唖然とした様子で見ており、最後の一言を以て吉村虎太郎が「小癪な!!!」と怒りを爆発させそうになった所で、颯爽とその熱気の渦へと飛び込んでいった。  …歴史上で見聞きした事では武市の到着は状況を打破するには若干遅く、すでに『戦』の雰囲気で上士たちも大いに構えてしまっていた。止むを得ず上士達の所望する通り『謀反』疑いの中心人物として寅之進を差し出す事でしか状況を収められなかった…。だが、今ははつみが寅之進を庇い続け、虎太郎や柊といった過激な一味を牽制し続けていた事でいまだ『物事は動いていない』といっていい状況であった。血気が逸って諦めきれない過激派は、寅之進に揺さぶりをかけ続ける。
『武士ならば敵を討て』『上士の好きにさせるな』『武市先生!まとめてつかぁさい!』と。
武市の意見としては、はつみとは多少思う所に違いもあったが『戦になる事だけはあってはならない』という所で一致して郷士達を抑える動きに入り、過激な郷士達は不満げな声をあげる。罵詈雑言は続き、統率が取れず今にも各々に飛び出して暴動を起こしそうな者達を横に『制御しきれなくなったら一番タチが悪い、どうするぜよ』と龍馬が問いかけると、武市は考えうる可能性の一つとして『その様な場合になれば…事の中心人物である寅之進にまで責任が及び兼ねん』と述べた。―その事が、この事件の結末を知るはつみに取っては殊更、感情の引き金となってしまう。家族を斬り殺された側である寅之進自身は犯罪になる様な挙動は一切何もしておらず、寅之進を引き渡す道理もなければ今回の暴動の『中心』になった訳でも『引き金』となった訳でもない。寅之進が『この騒ぎの首謀者として』『責任』を取り、暴挙を企てんとする彼らが許されるという状況になる事だけは絶対に避けなければならないと…一介の娘とは思えない力強さで猛追した。
 腰の桜清丸が異常な熱さを放つ中、はつみは周囲のおどろおどろしい熱気から寅之進を守るかの様に抱き続けていた。最愛の弟の死、上士への怒り、自分を守ろうとする為に周囲の罵詈雑言を受け続けるはつみへの想い…これまでにない程感情がかき乱された寅之進は次第に涙をこぼし始め、途切れ途切れの声で「俺は…どうしたらいいですか……」とはつみにすがる。
 正直今回の様に上士の無礼打ちに関する件については例え詮議になったとしても『郷士』だけの力では対した有罪も勝ち取れないどころか、下手をしたら寅之進にも処分が行きかねない。実際この事件の歴史的顛末を見ても驚くほど上士側に配慮された判決となっていた記憶がある。ではどうするか……
思い浮かんだのは、土佐上士の中でも大身の家柄にある乾、そして参政・吉田東洋だった。
もしかしたら…今までのつながりがあれば、話を聞いてくれ正常な沙汰を下してくれるかも知れない。

だが寅之進は今、弟の遺体から離れる訳にはいかない。そして直感的に、歴史の観点で見た時の『異分子』である自分が寅之進の側を離れる事もあってはならない様に感じる。…今彼から離れてしまっては、きっと『歴史通り』の顛末になってしまいそうだと思った。

そんな時、はつみの尋常でない緊迫した思案顔を見て察した龍馬が、はつみの肩を抱きながら小さく訪ねてきた。
「…はつみさん、何かわしにできる事はないがかえ…」

 はつみの即席の手紙を受け取った龍馬は、城下へと駆ける。しかし苑中で奇しくも永福寺へ向かおうとする乾と自ら遭遇していた。龍馬が出る前から上士の斥候はすでにいくばくかの情報を城下へもたらしていた様で、その情報により『桜川なる者が忠次郎の兄・寅之進を庇い、謀反を企てんとする郷士らを牽制している』と聞いた乾はいても経ってもいられなくなったのだった。はつみの手紙を受け取り、乾は不動のその眉間にしわを寄せる。その場にいたとする龍馬からも詳しい状況を聞いた乾はしばし思案した後、龍馬についてこいと行って城下へと戻る様に馬をさばいた。
 郷士の方は武市も駆け付けた事から恐らくこれ以上の扇動は起こらないだろう。あとは、今にも郷士達の制圧に乗り出しそうな上士側の問題だと踏んだ乾は、かねてより自分を気に入ってくれている参政・吉田東洋などに無礼を承知で進言を試みるなど奔走する。





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