※お試し小説※



「以蔵クン!」
中庭の向こうにある裏門へ向かう途中だったのか。裏門を背景に振り返った以蔵は、
いつもの様に無表情…というか、前髪が顔にかかって表情が良く見えないが…
(相変わらず口元は笑ってないや…無言だし…)
とにかく、いつも通りの以蔵だ。
特に返事はしないが、黙っての次の言葉を待っている。
トタタと駆け寄ったは笑顔を取り繕って以蔵に話し掛ける。
「あ、ちょっと、姿が見えたから!どこか行くつもりだったの?」
「ああ…」
(ああ…って、一言だけかい!)
心の中でツッコミを入れながら、何とか更に話を続けようと勤めるのだが…
「そ、そうなんだ!あ、お茶菓子入れようと思ってたんだけど、ついでだし食べてかない?」
「…いや、いい」
「あ、そ、そう?…あー…(…会話続かねぇー!)」
以蔵のあまりの応対に、流石のも焦りだした。いや、話し掛けた瞬間から
焦っていたというか…。それでもなんとなく次の会話のきっかけを探そうと
目を泳がせていた時、以蔵の方から切り出してきた。
「…何か用つか…」
「えっ!?いやっ…」
よりによって、開放を促せる一言である。
以蔵ともう少しでも仲良くなりたくて声をかけたのに…散々な結末だ。
「あ、い、いえ…あの特に用事は無いんです。
 ちょっと、姿を見かけたから、つい…すみません…」
あの岡田以蔵と仲良くなろうと考えたのは、やっぱり甘い考えだったのか…。

▼『岡田以蔵』へもどる▼  ▼他の登場人物▼