―表紙― 登場人物 物語 絵画

明日、来年、そのずっと先





※仮SSとなります。 プロット書き出しの延長であり、気持ちが入りすぎて長くなりすぎてしまった覚書きの様なもの。
途中または最後の書き込みにムラがあって不自然だったり、後に修正される可能性もあります。ご了承ください。



 単身、武市が以蔵のもとを尋ねる。仲間内から「桜川を斬るべきではないか」とする打診があった時点で『いつかこうなる事は分かっていた』筈であったが、実際その時が来ると大事な政策も手につかなくなりそうな程に心労が増し、こうしてただ一人で歩いている間にも常に眉間のしわが刻まれる事態となっていた。剣の素振りをしていた以蔵は武市本人の気配と共に一層深く刻まれた眉間のシワに気付き、無言のまま木刀を降ろす。

 先日の武市の発言は、はつみ排除の動きに対し抑止力を発揮している…実感はある。しかし、そもそも吉村や柊らの一部過激な『尊王攘夷派』らがはつみの文武館外国語教授方への打診があったという具体的な話を聞きつけているという時点で、既にはつみの周囲には常に探りを入れているのではとも思案する。先日の『子なきは去れ』事件ではつみを引き入れてきた時点で、吉村達にとってもはつみは『利用価値のある人間』であり斬るなんて事はないだろうと油断してしまったのもある。…むしろあれで『身籠れない』と見切りを付けたからこそ、余計なコブは大きくなる前に取り去ってしまった方がよいとでも考えたのだろうか…。真意はどうであれ、手を打たなければならないと考え、ここへ来た…と。
 武市にしては迷っているかの様に冗長でハッキリとしない物言いに、以蔵はたった一言「…俺に出来る事は何ですろうか」と返す。武市は近場に座ると目を閉じ精神を落ち着かせる様に息を付き、改めて以蔵へと視線を送った。
「…暫くの間、はつみ殿を守ってやってはくれんか」
 重い前髪の隙間からでも、以蔵の眉が驚いた様に上がるのがわかった。
「…時世の事で桜川殿が命を落とす必要はない。」
「あやつは、開国派ですき…幕府の大老も斬られた。あやつが斬られるがも道理ですろう」
「うむ……」
 以蔵は寡黙で視野も狭く、自ら進んで勉学に励む方でもなかったが、鋭い洞察力で周囲の者が言っている事、考えている事などは大抵把握している。それが彼にどう響き、どう選択するかは、付き合いの長い武市であってもまだ掴み切れない所であったが。
「…俺は土佐一藩勤王にて尊王攘夷の志を打ち立てる事を諦めてはおらん。跡取り問題で日の本を不要に揺さぶり、その挙句外界から来た夷狄にはぬるい対応しかできぬ幕府を糾弾し、朝廷を中心とした強い仕組みを作り直す必要があるち強う思うておる。…じゃが、はつみの話を聞くうちに…尊王と佐幕は相反すれど、尊王と開国そのものは、そう相反する事ではないと思うようになった。今は時期尚早ではあるがな」
「…武市先生も開国派になったがですか」
「そうではない…帝がご懸念されちゅうがは不平等条約による搾取と夷狄共に土足で踏み荒らされる事であって、その寛大な御心は異国を嫌ってはおっても完全に拒絶する事ではないっちゅう事じゃ。それを実現する為に、幕府の無能政治で日本が搾取されゆう前に日本の体制を整え、その後、然るべき平等な条約を以て必要なだけ夷狄と商売をすればよい。…そういう事なのだという事を、俺は江戸で気付かされたのじゃ…」
「…つまり、はつみは大老とは違うちいう事ですか」
「………ああ。じゃが先ほども言うた様に、あやつの考え方は今の世にあっては時期尚早であり、異国を知らん多くの者にとっては『奇抜』すぎる。理解を得る事もなかなかに難しいであろう。…明日、来年…ずっと先やもしれんが…一国勤王が成り、真の意味で異国と対する事になった時には、あやつの持つ才や価値観が必要になるのやも知れん」
「………」
 徹底した尊王思想と、帝の座する日本を侵略せんとする夷狄を排除すべきと考える武市の視界にも、はつみの見る世界の片鱗が写り込みつつあったが…目下目指す所に揺らぎはなく、歴史改変の兆しはいまだ見られなかった。―だがその小さな光は、武市本人ではなく以蔵の方へと流れてゆく…
「…ようわかりました。…出来る限り、あいつを守ってやりますき」
「!…わかってくれたか…恩に着る、以蔵…。」
 立ち上がった武市は以蔵の肩をぐっと掴む。
「おんしのその剣は、きっとあやつを守り…お国の未来も守る事に繋がる。頼んだぞ…」
「……」
『命を守る事』
『以蔵くんの剣は、きっと誰かを守る為に役に立つ時がくる』
 武市の熱く信頼に満ちた視線を受ける一方で、以蔵の脳裏には、江戸で一緒に金魚を育てたはつみが言っていた言葉が、不意に思い出されていた。





※ブラウザでお戻りください