※仮SSとなります。
プロット書き出しの延長であり、気持ちが入りすぎて長くなりすぎてしまった覚書きの様なもの。
途中または最後の書き込みにムラがあって不自然だったり、後に修正される可能性もあります。ご了承ください。
11月12日。梅屋敷事件の前日、萬年屋にて龍馬・武市・高杉・久坂・柊（武市の供）の面子で呑んでいた。
武市ら勅使一行が江戸に入ってすでに半月が経過しようとしていたが動きが見えないと尋ねる久坂に、武市は『将軍の体調不良により、未だ待たされ続けている』という状況をありのままに説明する。久坂らの話によればついひと月前などには横濱の英国公使館から『公使代理』とその側近たち、衛兵12名、更に幕府からの守り手『別手組』をはじめとする40人以上の警備による物々しい行列が江戸を横断し、老中らと会合したとの情報があったと言う。そして更に遡る事数か月、今年の初夏の頃には、実は薩摩が同じく勅使供奉として江戸に入っており、これは武市達土佐による『尊王攘夷』を迫る勅使ではなかった。和宮を将軍の下へと降嫁させた件といい、幕府はどうあっても、自らの力で対応しきれない事を棚に上げて『諸外国』の肩を持ち、そして『公武合体』として朝廷の威光を極めて都合よくしている、その支えとなっている薩摩ももはや信用ならぬという檄を飛ばし、薩長間の関係悪化が目に見える様であった。
話をする内、酒と共に熱も入ってきた久坂は、現状の長州と長州に対する世間の誹謗中傷などについても語り始める。今でこそ長州は藩論を『尊王攘夷』として掲げているが、去年などは長井雅樂の航海遠略策が朝廷や幕府の印象に良く、今となっての思想で言う所の『公武合体路線』であった事は変えようのない事実であった。その裏で水戸の志士らと成破の盟を結び何とか藩論を覆そうとはしていたが、結局は一年ほども時間がかかってしまった。その結果、世間における長州の評判は『日和見で意見をコロコロと変える弱腰藩』など等と聞こえてくる事もあった。こんな調子では誰が長州の主張などを聞き入れようか。世間の悪評が著しい中でどうして朝廷が、帝が長州の話を聞いてくれようか…。土佐は武市のもとに多くの志が集まり一大勢力となっている。朝廷のやんごとなき高貴な人々の心も掌握し、一貫して『尊王攘夷』を貫いている。今や志ある者の間で武市の名を知らぬものはいない。薩摩の動きがまったくもって信用ならない今は土佐が頼りであると共に、長州も早急に、藩としての覚悟を知らしめなければ…と焦りをにじませていた。
隣で話を聞く高杉も、日本を守る上では『西洋軍備増強、富国強兵、長州割拠からこその大攘夷』との考えに変わりはないが、久坂の言う通り今はあまりにも長州の評判が良くなく、高杉の事案を述べる前にまず目の前の小攘夷によって長州の体勢を変えていく必要があると思う様にもなっていた。…はつみと喧嘩をした事、言われた事が『何かできる事をする』という心境変化への直接的な原因ではない、と本人は思っているが…。
長州が行うべき事として、明日の驚くべき計画を武市と龍馬に打ち明ける久坂と高杉。金沢へ向かうという外国公使を襲撃するという内容で、あまりにも突出して過激すぎる話に武市は流石に二人を止めにはいる。『公使および公使代理』とは、国から大きな権利を預けられて今日本に来ている者達である。彼らを殺害する事は、絶対的な存在であった幕府の大老・井伊直弼が暗殺された桜田門外の変以上の衝撃であり、それは恐らく、すぐさま国同士の戦争に繋がる。今回武市らが供奉した三条ら勅使の目的は、将軍へ明確な攘夷期日を迫る事、帝及び朝廷、洛中に御親兵を設置する事、天領召し上げなどといった『大攘夷』への道筋に至るものであり、ゆくゆくは『王政復古』を視野に入れつつ三条らと手を取り合っていると冷静に説明する武市。しかし負けん気の強さがここでも出る久坂は、酒の入った勢いもあって『一つお伺いしたい義がござるのだが…』と、武市に対しはつみについてはなしを振った事で雲行きが怪しくなってしまう。
「かの『男女』を匿っておいでだと伺いましたが…誠でございますか？」
久坂の言いたい事はその場にいた全員が察した所であった。桜川はつみと言えば第一に『帝と伝統ありきの日本』を説きつつも奇抜な開国論者であると同時に『幕府は必要ない』とも平然と言ってのける過激論者だ。俯瞰めいた確固たる思想を持っている割には斡旋活動などは一斉行わず、ただ黙々と外国語を学び、今や朝廷をも動かす『尊王攘夷の急先鋒』とも言える武市半平太の寓居にて同じ釜の飯を食っているというこの矛盾。
「武市殿もそやつの影響で開国論に傾倒されましたか？」
はつみを傍に置く事と今回の外国公使襲撃計画反対に通じる所があるのでは？と言いたい久坂に武市は顔色一つ変える事なく
「そうではござらん。」
と否定した。
「あれの言う開国論はまだまだ先の世の話ですき。今の我々には、久坂殿もおっしゃられた様に攘夷へ向けてやるべき事が御座いましょう。」
「同胞の中には『天誅』で桜川を斬るべきでは？との声もありますが、如何か？」
「……」
「待て。…それは初耳だが本当か？」
閉口する武市に代わって口を出して来たのは高杉であった。問われた久坂は隠そうともせず頷き、脇に控えている柊へちらりと視線を送っている。日頃より色んな意味ではつみを快く思っていない柊もどうやら一枚かんでいる様だが、そんな『小物』の事はどうでもよかった。
「何故桜川殿を斬る必要がある？」
公使襲撃計画云々よりも真顔で詰め寄ろうとする高杉に対し、久坂はその大きな身体の背筋をスッと伸ばし怯んだ様子もなく堂々と『桜川はつみ』に対する懸念を打ち出す。
「聞けば土佐では身の上事情や一定の過去に対する記憶喪失の上、坂本家で保護されたという御仁との事。ではあれが持つ知識は一体どこから得たものなんじゃ？…夷狄からの間者という事も考えられるのでは？」
「記憶がにゃー事にはどうしようもないですき。何かを思い出せば思い出した時に対処したらええ。それまでは土佐が預かる、それが土佐藩預かりっちゅう事じゃろう？」
これまで「まあまあ」と場の潤滑油でしかなかった龍馬がにわかに声色を変えて来た。『はつみを斬る』という久坂の発言にはいささか黙ってはいられなかった様だ。
「はつみさんは今の所政治事にゃあなんちゃあ関係のない御仁じゃき。外洋知識に富むっちゅうだけでそれを殺しにかかるがは…流石に野蛮がすぎるぜよ、久坂さん」
「…言葉に気を付けたまえよ」
「おお、それはこっちも同じ意見じゃのお？」
大きな巨体があからさまににらみ合う訳でもなく、ただじっと見つめ合う事に凄みが生じる中で、頭一つ分以上も小さい高杉もまた威風堂々と切り込んでいく。
「彼を知り己を知れば百戦殆からず。夷狄を知ろうとする事と夷狄に尻尾を振り喜んで国土を差し出すのとは全く違う。先生の教えを受けた君ならば分かり切っておる事じゃろう」
「高杉君、君はあちらの肩を持つか。あの男女にすっかり傾倒した様だな」
「何…？」
久坂の才や人柄を認めている、いや互いに認め合っている間柄ではあるはずだが、はつみの件に関してはどうやら久坂も高杉も己の思う所に引けを取るつもりはない様子。酒も入っている事もあって、一言二言増えてしまうのが更に良くない。元来短気な高杉だが、この一言には流石にカチンと来たようだった。聞捨てならんとばかりに、体を露骨に久坂の方へと向ける。
「大義を前に私情で影響を受けていると？―この僕が。」
「この場で擁護の意見を聞くとは思わなかったのでな」
「ハッ、擁護？であれば久坂君はよほど僕を斬りたいと見えるな。桜川を斬るというのなら何故僕と今ここにおる？あれと僕の意見はほぼ同様。加えて成破の盟の頃から僕は一貫して西洋軍備増強を唱えておった。僕と桜川の意見が長井の航海遠略策と似ている様で違ったのは、幕府に対する姿勢が違うからじゃと君も理解した上で、僕と約束をしたのではなかったのか？」
『約束？』あからさまにそう言いたげな表情を眉間に見せた久坂に対し、
「君が最初にあれの事を問題視した時、あれの事は僕が預かると同意したじゃろう。それを違えて天誅を加えるとするのなら、まず、今この場で僕を斬りたまえ。さあ！」
そう言って脇差を差し出した高杉であったが、慌てて仲裁に入った龍馬によってすぐさま元の腰元へと収められる。一瞬で沸点を越えてしまったかの様ではあったが、高杉も久坂も二人で争う気は毛頭なかった事もあり龍馬が間に入った事で互いに沈黙するという形で着地した様であった。その場を見計らってか、顔色一つ変えずに静観していた武市が改めてその口を開く。
「久坂殿、我ら土佐一藩勤王として帝をお支えし奉る。勅使として東下なされた三条様、姉ヶ小路様を筆頭に、この目的は決して違えぬ。…だが時を誤れば全ては水泡に帰す。まずは帝を御守する御親兵の設置と摂津海防などの軍備増強も必須。どうかご理解願いたい。」
激情に染まる事なく冷静な対応で会釈をし、更に、久坂が指摘したはつみの件についても返事を述べる。
「桜川をそのままにしておるのも、長州内で夷狄を知ろうとする者がこの先真の攘夷を成すとなった時に役立つやも知れぬと育てておられるのと同じ事。今のところは藩政とは関わりなく一介の根無し草に過ぎませぬが、『男女』だてらに使える所も御座います故。ですが久坂殿やそこの柊の様に懸念を持たれるがも当然の事ですき。そこは、我が寓居に置き更に常に供を同行させる事で見張りをさせておる。おかしな行動を見せる事があれば、長州の方々のお手を汚させる事無く土佐で対応する所存にて。」
裏で一枚嚙んでいる事を見破られていた柊はその場で委縮し、久坂も『武市殿、そして高杉君に免じて』と言葉の矛を取り下げた。
そして今日の日はお開きとなったのだが―。
武市は高杉や久坂ら長州の過激派が外国公使襲撃を計画している事を、隠居の身ながらも土佐の精神的支柱である山内容堂へと報告した。この事は山内容堂から直々に長州世子・定広にまで知らされ、世子は真夜中に馬を駆って高杉・久坂ら襲撃隊の元へと駆け付ける。一方土佐からも容堂の命で取次役の上士数名と『鎮圧部隊』としての下士数名が、同じく高杉らが集まっていると聞く梅屋敷へと集結。…だが時期を見る土佐勤王派と、直ちに攘夷の意思を示したい長州との間で意見がすれ違うだけでなく、先日の長州桜田藩邸での不敬事件に続きまた酒を含んだ周布が駆け付け土佐を煽った為に一触即発の事態となってしまう。
皮肉にもそれは数か月前に起こった薩摩藩内での同士討ち『寺田屋事件』をも彷彿とさせるものであったが…。周布を斬る振りをし馬を暴れさせて逃した高杉の機転によって、大乱闘は避けられたのだった。
いずれにせよ長州過激派の外国人公使襲撃作戦は、世子の説得を以て中止となったのだった。
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