―表紙― 登場人物 物語 絵画

他人行儀





※仮SSとなります。 プロット書き出しの延長であり、気持ちが入りすぎて長くなりすぎてしまった覚書きの様なもの。
途中または最後の書き込みにムラがあって不自然だったり、後に修正される可能性もあります。ご了承ください。



1月、入京。容堂の思想は明らかに公武合体と言われるものであり、京へ入った狙いも上辺には武市の根回しを受けた朝廷からの招集に応えた形ではあるものの、実際には容堂の意に反して行われる郷士達による政治的挙動を停止させる事に目的があった。

 徐々に『攘夷派弾圧』の気運が高まりつつある中、乾もまた『尊王攘夷、一藩勤王』からの『一君万民』といった思想を胸に抱きつつも武市らのそれとは見解がやや違うという事を確信していく。京朝廷にて大きな存在となった武市らを目の上のたんこぶの様に扱い止めようとしている…覚悟の決まったその活動を否定する訳ではない。だが決して『一藩勤王』ではないのだ。帝の下に全ての臣と民が集い列強に呑まれぬ強い日本を作る。一君万民。そう考えた時、容堂の思想から幕府を切り離す事は避けては通れぬ道なのだ。この京で容堂と武市がどう反応を起こすかも勿論注視する必要があるが、本人の意思に関わらず渦中には桜川はつみの存在も含まれている事を乾は確信していた。
 下田にて勝と面会した容堂らの会話、そして以蔵を通して得たはつみの現状について本人に確認を得る為、明保野亭に呼び出す。江戸での取引の後で彼女がどう対応するかも知りたいとする姑息な自分を、内心で自嘲しながら。

乾→はつみと小松、薩摩の関係について質問。勝海舟との会談と龍馬の脱藩罪罷免について報告。
はつみ→弾圧の有無。摂津海防策に対する容堂の反応と攘夷派への感情、乾の立ち位置について質問。

乾は尊王の志を違えるつもりはないし土佐(容堂)は幕府擁護がすぎるとも意見するが、武市一派の天誅や朝廷、そして藩主に対し不躾すぎるやり方は到底『一藩勤王』とは言えず目に余ると言う。故に武市らと思念を共にするつもりは今の所はない。外国の事についてははつみの話を聞いてもいいと言う。
もう一つ、間崎らが青蓮院宮から無理矢理令旨を得た事を掴んでおり、はつみが絡んでいない事を確認した。これについては容堂公が露骨に嫌悪を露わにしていた事もあっての事だった。

最後に、自分とこうして情報交換するのはやりにくくはないかと尋ね、はつみは気丈にも『問題ない』と応える。『あれ』は取引であったのだと…。女であるはつみの方が、自分よりもよっぽど『割り切り』『他人行儀』である事に、内心ざわつきを感じる乾であった。






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