仮SS:女傑評議4


 江戸にて。内蔵太、安井息軒の同門であり、自分にも京の情勢を伝えてくれていた柊を桂や伊藤に紹介する。京天誅、土佐藩の状況、薩摩とはどうやら道を違えている事などを話す流れではつみの話になった。

 土佐ではつみが襲撃される事件があり、京では武市の庇護を受けていたものの薩摩の家老・小松帯刀と関係があるらしい事が分かった後、血まみれの袋のねずみ事件などがあったと包み隠さず語る柊。顔色を無くしてはつみの身を案じている様子の彼らを見て、柊は『身から出た錆によって破滅した本間と同じである』と冷徹な所見を述べていた。
 これに対し、もとより久坂ら過激派の行き過ぎた活動を抑えつつもその流れと勢いをうまく利用し、長州藩の藩論を破約攘夷へと変換させることに尽力していた桂がきっぱりと言葉を返す。帝が望まれる事も含め長い目で見た折には、はつみや高杉のような思想や才を持つ者も必要となる時がくると。昨今、京、江戸で頻発する要人暗殺といった尊王攘夷活動は『小攘夷』の一環であり、長州におけるその活動の目的はあくまで、帝の意向を無視し朝廷をないがしろにしたかつて極まりない条約を結んだ幕府に対する抗議の為の手段であり、それ自体を時世に対する『答え』や『手柄』とする訳ではないのだと。だが容堂公以下、特に下士を中心とする勤王派に対して統率のとれていない土佐においては、暗殺そのものが『手柄』となり、『目的』となり果ててしまっているのではないかと、手厳しく詰めていく。

「周囲の反対を押し切り千載一遇の奇才ともいえる彼女を保護したという武市殿のお考えには賛同するが、土佐そのものが彼女と言う人材を軽視し持て余しているのであれば、私の名において、桜川殿を我が長州で預かるよ。」

 ここまで言い切った桂に、柊は返す言葉もなく席を辞す事となった。隣で控えていた伊藤や内蔵太は、あの温和な桂が珍しく厳しくぐうの音も出ない程の藩論をしている姿を見て互いに思う事があったが、桂がすかさず

「柄にもなく少し言い過ぎてしまったかな…内蔵太君。申し訳ないが、柊殿を追いかけてはくれまいか。」

 と誰に言われるでもなく自戒の念を示して柊への気遣いを示唆した為、すぐさま反応した内蔵太は直ちに柊を追いかけて行ったのだった。


 帰り際、柊と二人になった内蔵太は、彼が桂の言葉にぐうの音も出なかった事は確かではあるものの腹を立てている訳ではない事に内心安堵する。加えて自分の話として、薩摩の情勢を探る為に京へ出向こうと考えているが、江戸就学延長中につき許可が出ない事を悔やんでいると打ち明ける。これを聞いた柊は、内蔵太ほど江戸に知己も多く健脚にも恵まれ、何より学才のある者であれば、いっその事脱藩してみてはどうかと、平然と言い放った。
「そうは言うが…武市先生をはじめとする勤王党の大義は『一藩勤王を成す』事じゃろう。『脱藩をしろ』とは、武市先生は絶対に言わん事ではないがか?何ぞ考えがあるがかよ?」
 と率直に返す内蔵太に、柊は一瞬言葉を失い、言葉を探り探りになりながらも『脱藩をしても外から協力してくれている同胞はいる』と返しながらも、最終的には会話の流れを断つかの様に閉口してしまった。暫く歩きながらも彼が話し始めるのを待ったが一向にその気配が見られない為、内蔵太は単純に小首をかしげて

「おい、大丈夫か?一体どういたぜよ」

と声をかけた。力なく反応した柊は俄かに顔を上げつつも、視線を地面に落としながら覇気のない声でぼそぼそと呟く。

「…武市先生のお側にいながら、そのお考えにそぐわない考えしか出てこない自分にうんざりする…。…だから、桜川などにばかり目を向けられてしまうのだろうな…」

 これはまた妙に偏った思考に陥っているものだと察する内蔵太。柊の生い立ち、裕福でありながら上士に脅迫されるばかりの日々の中で育ってきた事を知っている事もあって、何となく彼の心境やその根底にある精神的な脆さの様なものを慮り、励ますかの様に力強く彼の肩を叩いて抱き寄せた。
「まあまあ!俺はおんしの言う通り、外から協力するっちゅうがもアリじゃち思っちゅう。土佐を見限る訳では決してないぜよ?」
 と柊を肯定し、目が合った柊に笑って頷きながらその頭をぐりぐりと撫で、武市が待つ土佐藩邸への帰路をゆくのであった。。


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