仮SS:在るべき姿



大坂にて龍馬と再会。勝海舟と対面し、以蔵と再会する。

勝海舟は龍馬から、そして容堂公からはつみの話を色々と聞いていたらしい。会うのを楽しみにしていたと言って、西洋風に手の甲へキスをする。男達は目をむいて勝を止めていた。
一方、極めて居心地悪そうにしている以蔵に声をかけるはつみ。彼のした事に対し、怒りや恨みを抱いている訳ではなかった。以蔵のぎこちない謝罪も全面的に受け入れたはつみは、武市も以蔵の進む道を応援していると言っていた事を伝える。以蔵はうつむき、前髪の下の素顔にて唇をかみしめている様だった。

 勝と龍馬は、京における以蔵の噂について対処しようと考えていたところだった。以蔵本人が何かしらをしでかした火の在る所に立つ煙ではなく、どこからか流れ出た噂が独り歩きをしている類のものだ。噂に自体に対処するのではなく、以蔵を変えようという話になり、髪を切ってはどうかという所に行き着いたらしい。以蔵は髪自体にこだわりがある訳ではなかったが、幼いころから自分を隠すその前髪が無くなる事は少し不安だった様だ。
寅之進が自分の髪をはつみがいつも切ってくれのだと言うと、はつみが以蔵の髪を切るという流れになってゆく。以蔵も他生の腹を決めて髪を切る事に同意した。

はつみは、以蔵の艶やかでたわわな黒髪をばっさりと切り、殊更器用に髪型を整えてやった。寅之進の髪を整えてやっていたはつみは、剣はいまだに使えないが鋏と剃刀での散髪には殊更慣れを発揮していた。散髪に慣れている寅之進の補助を交え、散髪が進んでゆく。前髪は眺めに残してやりつつも、左右後ろに少しブロックを馴染ませた『現代風』の髪型を目指す。

「おいおいおい、ずいぶんこざっぱりとしたじゃねぇか、いいなぁオイ」

「おおおおおっ…!!!はつみさん、わしの髪も切ってくれんかねや」

目元をこんなに堂々と晒したのは20年以上ぶりかと思われる。以蔵の顔は非常に整った品高い美男子そのもので、細く長く整った眉に切れ長でややつり上がった目元が見る者の視線を必ず吸い寄せる様な、圧倒的な魅力に満ちている。非常に着物も今までとは雰囲気の違うごくごく普通の着流しで、『洗練』された髪型も相まって全体的に印象がガラリと変わった。
この姿こそが、彼の真の姿であり、本来あるべき姿なのだ。

 大絶賛を受ける少し戸惑った様子を見せた以蔵は、いまだ自身のない様子でぼそぼそと返す。

「昔、よう上士らから顔の事で悪態をつかれましたき…面倒じゃき、髪で隠しちょっただけです」

と答え、更に勝は

「へえーっ!そいつら、お前さんの男前な顔にひがんでたんじゃねぇか?ケツの穴のちいせぇ奴らだな!はっはっは!」

と更に笑い飛ばしてやった。そんな調子で顔の事をあれこれと言われたが、これまでの人生でずっと忌み続けて来た顔の事であるにも関わらず、以蔵は悪い気はしていなかった。はつみと再び向き合えた事も、心を軽くしていた一因だと自覚もあったが。
今は大人しく、勝の傍にいてみようという気にすらなれていた。





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