仮SS:以蔵の道


 まずは晴れやかな天候と海の青さに感動し、


2月下旬、大坂で勝海舟と再会した龍馬は望月亀弥太からの報告により、彼が大坂に匿っていた以蔵と再会する。

「うおおおお!!!以蔵さんじゃいかーっ!!!!」

「―うぐっ!!!」

 背丈の大きな龍馬から全力の抱擁を受け、その物理的な圧により顔を歪ませてしまう以蔵。しかし悪い気はしていない様で、しばらく龍馬の好きにさせていた。

 龍馬は少し前まで土佐藩邸にて謹慎をしていたのだが、その時にはすでに以蔵がいない事を察していた様だった。ただどこへ行ったかは検討も付かず、手つかずでいたらしい。京坂にて流れる以蔵に関する噂や勤王党の様子から以蔵の現状に至る経緯等を色々と察し、脱藩状態である事を確認した上で勝海舟に紹介する事とした。

「以蔵さん、わしが師事する勝海舟っちゅう先生がおるんじゃが、護衛を務めてはくれんかえ」

 以蔵は脱藩をして大坂に至る前に龍馬と会う為に江戸に向かい、赤坂の勝宅を尋ねた事を告げる。龍馬は驚き、すれ違いを悔やんだ。
仕事を得られると理解した以蔵は、龍馬の紹介なら…と受け入れる事を承諾。直後、手当てを前借できないかと龍馬に尋ねた。京を出て江戸へ行く時に助けてくれた女がおり、借りた金や恩を返したいと素直に話し、それだけで察した龍馬は『返さなくていい』と言って、手元の有り金6両を全部以蔵に手渡してやった。

勝とはそのまま大坂で顔を合わせる事になった。幕府軍艦奉行並、勝海舟。世界を知り、蒸気船順動丸を繰りながら日本に強い海軍を作ろうと燃える粋な江戸っ子である。見た目にいんぱくとのある以蔵であったが、

「ふーん、まっ、いいんでねぇの?!」

と言って即採用。早速二条城へ行くから京へ向かうぞと言い出した且つに、龍馬が慌てて声をかける。以蔵が会いたい娘がおり、少しだけ時間を作ってやってほしいと。女好きな勝は女絡みの話も大好きだ。目をきらりと光らせて以蔵に振り返ると

「はぁぁ、大人しそうなおめーさんも、やるこたやってんだねェ。いいじゃないの、女の一人や二人。で、どこにいるんだいその子ってのは?」

と、やけにノリノリな様子だった。以蔵は『それは言えん』とだけ言うと、無表情のまま、勝の卑猥な発言を聞き流していた。



 目立たない夜に時間を貰った以蔵は、道の家にやってきた。灯りは付いておらず、寝静まっている様だ。龍馬からもらった支度金6両全てを『また』適当な竹筒に入れ、お道の家に置いて去ろうとする。すると戸が開き、以蔵を見つけた道が彼の反応を待つ前に抱きついて来た。眠れず以蔵が竹筒に入れて持ってきてくれた金魚を眺めていたら、外で物音がして…間違いなく以蔵だと思った、また会えてうれしいと、涙をぽろぽろと流し始めた。

「もうここには来ん。礼金を置いておいたき、自由に使っとおせ」

  と言って去ろうとする以蔵。それでも、手を握って引き留めるお道。休める場所はあるのか、食事はできているのかと、身の回りの事を心配してくれた。

 正直、こんなに必死に引き止められるのは初めての事だった。以蔵の前髪で隠れた顔に動揺の表情が広がる。お道には、一番大変な時に見ず知らずの自分を匿ってくれた恩が大きい。半月だけだったが共に暮らしていた間も、そして江戸へ行くべきだと背中を推してくれた時も、感謝をしている。だからこそ自分に出来る限りの恩を返そうとここへやってきた。だが、道の事を都合のいい女とは思っていないが、かといって好いているのかも正直分からない。

生まれて初めてこんなに引き止められ、求める様な泣き顔で見つめられ…以蔵はそのまま、道の家に彼女を押し込んでしまった。

そして翌朝、彼女が眠っている間にそっと姿を消すのだった。



それから数日後の事。

「女ってぇのはかわいいもんだよ。ずっと会ってねぇってのに、おいらの事をずっとずっと待ってるんだからよ」

 酔っぱらった勝は女の話ばかりをすると呆れている以蔵。以蔵の事は気に入った様で、殊更、その女関係が気になっている様だった。

「おめーさんのその子も、きっと待ってるんじゃあねぇかい?俺ぁ気にしねぇよ、時間作って会いに行ってやったらどうだい」

 そんな事をぺらぺらと話していると、以蔵を纏う空気が一瞬にして張りつめ、一瞬置いてから瞬時に勝の右後ろ方向へと走り出した。入れ違う様に勝を後方へと押し戻し、暗闇から差し出された生身の刀を、得意の居合いで瞬時に引き抜いた刀を以て打ち払う。ギャリン!と耳をつんざくような音が聞こえ、刺客が怯んだところを返す刀で一刀に伏した。突き飛ばされた勝は辛うじて受け身を取るとすぐさま振り返り、胸元の短銃を抜くと以蔵を狙うもう一人の刺客に向かって打ち込んだ。

―バン!バァン!!!

刺客は短銃を目の当たりにしてその場に尻もちをつき、慌てて走り去っていった。

突然の襲撃は一瞬の攻防によってつむじ風の様に過ぎ去ってしまったが、狙われた勝本人よりも初めて人を斬ってしまった以蔵の方が動揺している様だった。『腕だけなら天下一品』『人斬り以蔵』などと通り名まである程に以蔵の剣は強いと聞いていたが、なるほど、人を斬った事は初めてであり彼に関する悪い噂はほとんどがデマである事を勝は悟る。そして更に、以蔵の事を気に入った。

死んだ刺客を茫然と見下ろしている以蔵の肩にポンと手を置き、グイと引き寄せる。

「ありがとうよ、以蔵。お前さんがいなかったおいらが仏になっちまってたな。」

 視線を向けてくる以蔵に、勝は片目を閉じて「うぃんく」してみせた。

「おめぇの剣さばきをもっと見たかったが、見事に一瞬だったな!…おいらの命の恩人だ。こいつらの事は、気にすんな。」

勝から心からの謝礼を受け、何かが胸に響く以蔵。


刺客の一人が以蔵の一太刀により死亡。勝海舟の名で奉行所に届け出ているが、正当な防衛として正式に処理された。







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