仮SS:道との再会
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 文久三年1月、武市の不在時に前藩主である山内容堂が入京し、土佐勤王党に工作斡旋の禁止と大叱責を行う。これ以来、容堂の近辺で要人の暗殺や嫌がらせが続くが、事もあろうかその首謀者について『以蔵を筆頭とする過激派の仕業である』という嘘の噂が流れてしまう。この事でますます居場所を失った以蔵は、はつみの側からも藩邸からも離れてその日暮らしを続けていたものの次第に金銭も尽き、冷えと監視の厳しい京の町で昼夜問わず餓えた野良猫のように過ごしていた。

 現状に耐え兼ね、龍馬がいるという江戸にでも行こうと考えていた所、いつぞや助けた娘が以蔵を見つけ、働き口の甘味処『鈴蘭』(四条と五条の間、鴨川の向こう側にある東川原町。柿町通り付近)の裏で食事をふるまう。初見の際には『人斬り以蔵』と呼ばれた以蔵を恐れる様な様子を見せていたが、今はむしろ、昨今聞く様になった以蔵の噂も含めて全く気にしていない様だった。むしろ、以蔵の様子から察し、自宅で匿いたいと言い出した。

以蔵は特に深く考える事はなかったが、匿ってくれると言うのなら…と、再び、あの日以来となる娘の家へと向かう。道中、この折になってようやく娘は自己紹介をし、以蔵も娘の名が「お道」である事を知る。『忘れてた!』と明るく振舞う様子に、土佐や江戸でよく見たはつみの笑顔を思い出してしまう以蔵。だが当然、そんな事をわざわざ口にするでも無し、表情にも出す事はなかった。



 道ははりきって湯を沸かし、食事を用意しながら、10月に助けてもらって以来元気にしているのかと心配していたと言って微笑んでいた。とくに返事をするでもなく周囲を見回す以蔵。前回来た時は真夜中だった事もあり、家の中の様子については殆ど初見であると言っていい。質素だが生活の基盤がきちんとして整った雰囲気があり、そして彼にとっては珍しい事に、そこかしこに草や花、絵などが置かれていた。草花は道草に相応するものだし、絵も恐らく彼女が自分で描いたであろう、墨で描かれた雀や犬猫といったものだ。贅沢なものではなかったが、『彩り』と共に不思議と居心地の良さといったものを感じる。置いてあるものの中に白い鳥の羽を見つけ、見覚えのあるやつを思い浮かべたりしていた。
 立ち止まって興味深そうにしてくれていると思った道は、前掛けで手を吹くと窓際に置いてあった金魚鉢を手にして以蔵の元へと駆け寄る。気が付いた以蔵が黙ったまま、差し出されるがままにその手にあるものへ視線を落とすと、記憶にある金魚を見つけてフと眉をあげた。

「おかげさまで、この子らも元気どす。ほら、おまえたち、命の恩人様やで。」

「………」

 嬉しそうに言って、金魚たちに声をかける道をじっと見つめる以蔵。言葉少なな以蔵に圧を感じて畏縮する人も多い中、道はそういった様子を見せる事無く、微笑みながらふたたび視線を通わせてきた。

「以蔵様なんやろ?この子らを助けてくれはったんは。…それから、うちのことも助けてくれはったね」

「……ああ。大したことはしちょらん」

「ううん?うちにとっては大した事やわ。」

 分かりやすく首を横に振って、しっかりと自分の意思を伝えようとする道。そして丁寧に頭を下げ、

「あの時はおおきにでした。命の恩人様にまたこうしてお会いできて、ほんまにうれしおす。」

 そう感謝を述べ、また視線を通わせると微笑んで見せた。

『命の恩人』という言葉が最高位の感謝の言葉である事を教えてくれたはつみの姿が思わず彼女に重なり、以蔵の胸がぐっと締め付けられる。たまらず顔をそらした以蔵であったが彼女は気分を害することなく、もうすぐ夕食も出来るから待っててと言って勝手へと戻っていってしまった。


 衣食住が整った安心感と、気さくに世話を焼いてくれるお道。特に彼女が放つ笑顔や言葉に心を揺らされていた以蔵は、湯あみの際に追加で手ぬぐいを持ってきたお道の手を咄嗟に掴んでしまう。その意味を、鈍感なはつみであれば察する事は無かっただろうが、道は違った。以蔵の裸体を見ない様に自ら目隠ししていた手をそっとおろし、まだ少女の様な初心さの残る顔立ちにほのかな色気を交え、期待に潤んだ瞳で以蔵を見つめ返す。

「……以蔵様……」

 以蔵が見ているのは道ではなく、その面影に見えるはつみだったが、そのぬくもりに触れたくて…慰めて欲しくて、道に迫ってしまう。細い腕が自分を包み込み受け入れられたと分かった瞬間、すがる様に、その控え目な胸に顔をうずめた。窓辺に置かれた金魚鉢の中で、赤と黒の金魚が交わる。

そしてその日、二人は男女の一線を越えたのだった。






※仮SS