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真なる剣、活





※仮SSとなります。 プロット書き出しの延長であり、気持ちが入りすぎて長くなりすぎてしまった覚書きの様なもの。
途中または最後の書き込みにムラがあって不自然だったり、後に修正される可能性もあります。ご了承ください。



 文久3年、5月。
 武市半平太の『義兄弟』ともなる田中新兵衛が、はつみを斬りに現れる。背後には武市とは帰藩せず脱藩して草莽の志士となった元土佐勤王党・柊の姿があり、尋常でない嫌悪の眼差しではつみや以蔵を睨みつけていた。

 はつみに恨みはないが武市が土佐に帰ってしまった今、やはり斬っておくべきであったと言って剣を抜く新兵衛。以蔵が立ちはだかり、今や唯一の商売刀となった、ぼろぼろの肥前忠弘を抜き放つ。
示現流独特の上段構えを見せる新兵衛に対し、居合いを得意とする以蔵は鋭く神経を集中させ重心を低く保ちつつもゆらりと佇む。直後、凄まじい寄声と共に渾身の力を込めて振り下ろされる一刀目を紙一重で避け、返す刀で新兵衛の左腕に浅く斬りつけた。痛みに怯んだりすることもなく新兵衛はすぐさま刃を返し下から切り上げる様に斜め後ろの以蔵を斬りつけ、それもまたすんでの所で避けられると再びそのまま上段に構え、力強く一歩を踏み出すと共に渾身の振り降ろしを行う。避け切れないと踏んだ以蔵はこれを刀で払おうとしたが、長い間手入れもせず常に刃こぼれも生じる状態であった事が災いとなったか…新兵衛の一刀をはじく事はできず、衝撃を受けた肥前忠吉の切っ先は耳をつんざく様な高音を立てて砕けてしまった。その欠片が新兵衛の顔に掛かった事で辛うじて猛追を避ける事ができたが、手元から肘までビリビリと続く衝撃から、あの全身全霊をかけて踏み込んでくる一撃をもう一度、この刀で受ける事は不可能であろうと直感が働く。受けるどころか、骨肉を斬る事も恐らくはできないであろう。
 切っ先の欠けた肥前忠吉を投げ捨てた以蔵は胸元から銃を取り出そうとしていた。それを見たはつみは、反射的に腰の桜清丸へと手をかける。同時にルシが空から急降下をし、はつみの元へと駆けだそうとしていた柊を襲撃し足止めしている。あの井口村永福寺事件の時の様に熱く熱を放つ桜清丸を鞘ごと引き抜いたはつみは、考えるよりも先に、それを以蔵へと投げつけた。

「以蔵くん、使って!!!」

 造作もなく片手で受け取った以蔵は、新兵衛が体勢を取り戻すよりも早く桜清丸の刀身を抜き放つ。

 …まるでその刀身自身が月光の如き光を放っているかの様な…油膜がしたっているかの如き揺らめきが見て取れ、刀身の中で桜の花びらが揺蕩うかの様であった。極めて滑らかで、驚くほど重心の整った刀…。良く手入れをされた…というだけではない、その刀身に込められた異常な何かが以蔵の手を介して彼の中へと流れ込み、まるで体の一部であるかの様にしっくりと馴染む…。

 改めてこちらに向き合う新兵衛に対し、以蔵も更に精神を研ぎ澄まし、今度はゆっくりと正眼に構えた。

 文字通り『一撃必殺』の示現流。そして新兵衛自身も相当の手練れではあったが、以蔵の鋭く開花した見切りの才は新兵衛の腕を越えていた。極めて殺傷力の高い振り下ろしの一刀目はほぼ確実に避ける事ができたが、示現流としても全身全霊を込めて振り下ろす一刀目が避けられ、或いは受け止められるのは想定内の事でもある。先ほどの様に振り下ろしたところから逃げた相手を猛追する払いへ発展する型もあるが、本来は例え受け止められたとしてもすかさず上段に構え直し渾身の力を込めて何度も一方的に叩き降ろし、最後には力でねじ伏せ頭を叩き割る様にと修練を重ねている。
 見切りが得意な以蔵は再び一刀目をかわし、追撃してくる2撃目3撃目の太刀筋を完全に読み切った形で弾いていく。しかし気合を入れ直した新兵衛の猛攻はすさまじく、今度は返す隙も余裕もない。一撃一撃が非常に重い新兵衛の剣戟に次第に押されていく形となった時、新兵衛は一瞬の隙をついて再び必殺の上段を構えを取った。

―仕留めに来る。

 この上段の一撃は避けるべきだと以蔵の本能が悟っていたが、体勢的に受ける事しかできそうにない。
太刀筋を読む事はできる。だが、果たして受け止めきれるか…
 振り下ろされる刀の軌道を瞬時に見極め、重心を落として桜清丸を頭上へと構える。次の瞬間雷にでも打たれた地面にまでめり込んでしまうかの様な凄まじい衝撃と共に、鼓膜を突き破りそうな程の金属音が鳴り響き、以蔵は手と耳の感覚を失う。

―手を失ったか…

 そう思った次の瞬間、足元に何かが勢いよく転がり込む感覚を受け、失われた感覚が吸い寄せられる様にして戻る。
気が付くと新兵衛がつんのめった形で以蔵の足元に転がっており、切り落とされたとすら思った手はビリビリとした痺れを残したまま、まだ自分にくっついたままであった。…桜清丸も、あれだけの衝撃を受けたにも関わらず刃こぼれ一つしていない。濡れ濡れとした輝きを放つ刀身が、美しく静かに月光を反射している。

「おいの刀が…折れもした…」

 新兵衛の声に意識が引き寄せられる。けがを負った訳ではなさそうだが、地べたに座り込み、桜清丸と交錯したところで真っ二つに折れた自分の刀を見て気が抜けた様に以蔵を見上げている。次いで折れたその刀を無造作に投げ捨て、腹をくくったかの様にその場で正座をし、目を閉じた。

「いっ、以蔵くんーっ!!!」
 駆け寄ってきたかと思えば感極まって抱きつき「けがは!?大丈夫!?」とあちこち覗き込んでくるはつみを色んな意味で『近づくな』と制止する。柊が既に逃げ出してこの場にいない事、気付かぬ内に野次馬が周囲に集まっている事を確認した上で、改めて彼女に訪ねた。
「…こいつは腹をきめちゅう。どうするぜよ。」
「どっ、どうもしないよ!新兵衛さん…お顔をあげて、立ってください…!」
 自分を立たせようと触れて来たはつみを振り払った新兵衛は、再び無言の殺気を投げつけてくる以蔵にも同じ様に殺気交じりの視線で睨み返し、しかしそれ以上動こうともせず、感情を抑える様な声色ではつみに答えた。
「おはんの様な開国論者が世を乱しちょ。武市さぁを土佐へやってはならんこつもようわかっとったはず。じゃっどん、開国論者のおはんだけが残り、武市さぁは…。おはんが間者じゃからではなかか!」
 突き刺さる言葉にはつみはびくりと体をこわばらせるが、反射的に新兵衛の首根を掴んで黙らせようとする以蔵に制止をかける。
「間者なんかじゃありません。こんな事殆ど人には言わないし、言った所で誰も信じてはくれないけど、新兵衛さんにはお話しますね。…私は、武市さんをこの運命から解き放つ為だからこそ、ずっとこの思想を説いているだけ。武市さんと容堂公の溝を少しでも埋めて共通点を見出す事、対立を防ぐ事が、私にしかできない事だと思っていたから…」
 新兵衛が今まで手にかけて来た『天誅の犠牲者』達も、死を前に色んな言い訳をしてきた。だがどの言葉も新兵衛に刺さる事はなく、時世にあだ名す不届き者の戯言と聞捨てていた。
 だが、『もはや武市の庇護もない、ただの開国論者の戯言』と頭では分かっているのに…その言葉を心地よく耳に受け止める自分がいる事に驚いていた。その言葉を聞いて初めて、新兵衛の中で凝り固まっていた何かがほろりと解けるのが感じられた程の、得体の知れない何かで懐柔させられているのを実感する…。こんな感覚は生まれて初めてでもあった。
 容堂公と武市の摩擦や土佐が掲げている一藩勤王は決して一枚岩ではないという事も含め、傍から見ている新兵衛だからこそ客観的に気付き、懸念している事でもあったからだ。その事にいち早く気付き、吹聴して回っていた本間精一郎が殺され土佐勤王派が知らん顔をしているのも、表では妄信的に『土佐の一藩勤王が成っている』事を誇示していながらその実目の上のたんこぶの様に容堂公という壁が存在していた事を常に意識していたからであろうとすら思う。
 そして、薩摩内の尊王攘夷派が、公武合体路線で舵を切る久光公により差し向けられた鎮圧隊と血みどろの同士討ちを繰り広げた寺田屋事件の事も、新兵衛の心には深く刻み込まれている。まさに同じ様な状況にある土佐、そして武市を前に、どうすればその滅びへの道を回避する事ができるのか…。だからこそ、武市が内心想いを寄せているであろうはつみに対し『体を張ってでも武市が土佐へ戻るのを阻止しろ。脱藩させろ』と仕向けた事もあった。そんな風に懸念を働かせていた新兵衛であっても、実際に手を打たなければと本気で思案始めたのは今年に入って武市と再会してからの事である。

―だが、はつみは敢えて、部分的に容堂と重なる『外洋、開国の必要性』の部分で武市を誘導し、容堂との衝突を避けようとしていた―。
それも、少なくとも武市らが政権を掌握し上洛を果たす事となるずっと前から…。

 武市が頑なに「桜川はつみは藩政や時世の転覆を狙っている訳ではない。政治には関りの無い立場にあるが故、斬るには値しない」と言っていた理由が、ようやくわかった。

…あの堅物め、いつからとは言わないまでも、はつみが自分の為に命の危険を冒し、ただ武市と話をしようとしているだけなのだという事を分かっていたのだ…。


 新兵衛は大きく息を吸い込むと、肩を落として長く吐き出した。一切の殺気を含まない視線ではつみを見上げ、いつもの兄貴分の様な声色で
「確かにおはんは、開国論者でも、幕府方の間者でも、時世の転覆を図ろうとする草莽の志士でもなか。…武市さぁの言うちょったこつが、今んなってわかりもした。」
 と、穏やかに述べる。
「おいの首ば、とってくいやんせ。」





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