所属・拠点:紀州出身・海援隊
天保15年7月7日生(約3才年下)
身長:169cm、やせ型
性格:思慮分別、天邪鬼、努力家、自信家
一人称:俺
二人称:お前
出会い:文久元年・江戸遊学編
物語:「男女ニ友情ハ成立セズノ件」
Image Colors:青磁色
飄々としていて軽口と屁理屈とボヤきばかり漏らすダメな優男。
父は国学者であり紀州藩500石取りの大身であったが政治闘争に敗れ幽閉されてしまい、残された陽之助ら一家は路頭に迷う事となってしまう。幼心に『父の仇を討つ、その為には政治舞台に返り咲く』と慟哭した感情のままに、利発で気の強い、頑固な一面も持ち合わせている。わずか13才でまともな手持ちもないままに一人江戸へ飛び出し、貧困を極めながらも書生として勉学に励んだ苦労人。
ロクな事しか口走らないので周囲からは人が離れていく事が多いのだが、頭脳は極めて明晰。物事の偏見に縛られず本質を見極め、論理的に考える事ができる。考察にはそもそもの知識が必要である事も重視しており、日頃から本を読みあらゆる知識や理論を学び蓄える努力も怠らない。そしてあらゆる事に思考が及ぶという事は、実は非常に思慮深いという事にも繋がるのだが、彼はそういった性根の優しさや影の努力は表に出さない。出したらナメられる、自分が不利になる、馬鹿や無知は足手まといになるとすら考える『あまのじゃく』であり『一匹狼』でもある所以であった。
そんな、世間に対し斜に構えた17歳青年の文久元年夏。『尊王攘夷』に湧く江戸のとあるツテから妙な話を聞く。『やけに夷狄に詳しい女男がいるらしい』『本人は帝ありきの世の中だとか言ってるらしいが辻褄があわねェよな』…これだけの会話でも陸奥としては押さえておきたい点が明確に複数存在した。『外国識者』『尊王派』そして『女男』。こんなに興味を引かれる奴は初めてだと内心心躍らせ、次の日を待たずに早速調査に乗り出した。
真理に近付くにはあらゆる知識が必要であり、更にこの混沌とする時世を乗り切るには情報戦を制する者が優位に立つ。それが彼の信条であり、一匹狼の彼にとっては尚更『相手の顔を知っておくこと』は重要な情報の一つだった。ただし、場合によってはこちらから一方的に知っているだけの方が都合のいい事も多い。今回もそのつもりで『尊王開国派の女男』を探しに行ったのだが…
「…どーみても女じゃねぇの…」
『引かれ合う運命だった』などとは考えたくもなかったが、目当ての人物は直ぐに見つかった。相手は着物に袴を着け髪をひと房に結い上げた格好をしていたが、滲み出る華やかさや、身体から四肢に至る線の細さ、健康的で眩しくさえ見えるその笑顔やしぐさはどう見ても『女男』ではなく『女そのもの』であった。それでも他の女子供らとは根本的な何かが違うというか、妙に開放的である様にも見えるが…付き人の様な子供の男と一緒に『甘味処』でうまそうに団子を頬張っているなんていう、なんとも気の抜けた場面であった事が『女』の雰囲気を強調しているのだろうか。そうだとしても、始めに『女男』の噂をした奴にはあれが男に見えたのか?
…気がつけば、陸奥は彼女のもとへと近付いていた。直感だが危険な奴とは思えなかったし、何よりも、ただただ興味深かった。
これが、陸奥の人生において最も長い付き合いとなる二人との出会いであった。そして後に『女好き、芸妓好き』等と言われる様にもなる陸奥が唯一扱いに困った『女』だ。彼女はその奇特な存在感と才、浮世めいた美しさから『今生かぐや姫』と揶揄される事も多かったが、陸奥にとっては『最も話しやすい』『ウマの合うヤツ』であり、良くも悪くも『女』だったのだ。
Between men and women there is no friendship possible.
There is passion, enmity, worship, love, but no friendship.
男女の間では友情は不可能だ。
情熱と敵意と崇拝と愛はあるが、友情はない。
陸奥が立つ日本国からはるか遠く離れた英国の地に、この男女の心理を詠んだオスカー・ワイルドという詩人が居た。陸奥が17才の年に彼は7才であり、当然、この詩が詠まれたのは少なくとももっと後の世の事である。
しかし陸奥は、17歳の夏、江戸で出会った彼女との関係を育む中で、まるで己の内面と義論するかの様に一つの論文を執筆し続けていた。それは彼女に対する率直な感情や葛藤、彼女を取り巻く他の男性たち、自分と彼らとの違い、さらには彼女自身がどのように考えているのかという問題に対する深い思索の結晶だ。一般的な男女の恋愛心理と、自分と彼女の関係を維持するための方法論を、分析的かつ実証的に論じていたのだ。普段は人間関係や女性との関わりに対して無頓着で一匹狼を貫いていた陸奥であったが、時勢に必要な思想や論文を展開する一方で、持てる全ての思考力を注ぎ込んでいたのが、この『男女の恋愛と友情に関する考察』であった。
後の世において、あらゆる外国書籍を読み漁った陸奥の手元にオスカー・ワイルドの人生観を凝縮した詩集が紛れ込んでいる。
ふとこれを手にし、件の詩を目の当たりにした陸奥は若き日の初心恋と共に生涯公表される事はないであろう一本の論文を思い出し、当時の政治家の流行もあって豊富に髭を蓄えた口元に久方振りの笑みを浮かべた事だろう。