仮SS:似た者同士


8月19日、はつみは伊藤の手引きにより朝からアーネスト・サトウと会っていた。
寅之進や陸奥達は揃って英国旗艦ユーリアラス号を望める場所からはつみを見送っている。はつみをサトウのところまで送り付けた伊藤はその後高杉と合流し、宿舎にて待ち合わせをしている坂本龍馬の元へと向かった。

「坂本君。来たぞ」

「おう高杉さん、んじゃ今日はどうするぜよ?」

 外国人たちの保護と共に高杉らの身を護る為にも層警備が増強されている港付近ではあったが、どこへ出歩くにしても護衛も無く歩く事は危険であり推奨されない状況だった。それでも龍馬に対し、奇兵隊が守っていた壇ノ浦砲台跡を見に行かないかと提案する高杉。

「ほんなら行こうかえ。わしが護衛代わりじゃ」

 龍馬自ら護衛を兼ねて同行し、伊藤と別れて壇ノ浦台場を見に出かけたのだった。



 壇ノ浦台場では破壊された砲台と海を望む。つい最近まで大きな戦が2度も立て続けに起こっていたとは思えない程、海は凪いで美しく輝いていた。そんな海を眺めながら、高杉は話し始める。

「知っておるとは思うが、砲撃戦争の前に都で戦が起こってな。久坂など多くの者が逝ってしもうた。」

「ああ…その時わしは都におったが、とても『都』とは言えん酷い有様じゃった。」

「御所に向けて矢を放つとは…正気の沙汰ではない。皆狂っておった。…師の言葉、そのまんまの通りにな」

 彼らの師たる『吉田松陰』の言葉は、彼らの心に今も深く根をはって生き続けている。師の教えは彼らを大いに思案させ、目を見開かせ、成長させ…その強力な響きに良くも悪くも皆が縛られていた。しかし今回の禁門の変での朝廷側の動き、幕府の動き、そして下関戦争で身を以て知った『攘夷』の無謀さ。これらをどう受け入れていくのか、これまでの視点をどう転嫁させていくのかがこれからの長州の議題であると高杉は語った。
 その話に龍馬は深く聞き入り、

「海軍操練所は幕府の管轄っちゅう事にはなっちゅうが、高杉さんが世界を見るち言うなら、わしは勝先生を説いてでも協力しちゃるぜよ」

 と話す。そう簡単にはいかない話だとは分かっていながらも、現に今、彼らは幕府の敵である長州の危機に駆け付けこの地に立っている。その言葉が『ウワ』ではない事を信じ、機嫌が良さそうに腰にぶら下げた瓢箪の中身を煽る。気が付いた龍馬は何げなく話を振った。

「中身は酒かえ?」

「ああ。君も飲むか?」

「おお、んじゃあせっかくじゃきいただこうかの?」

 そう言って、突き出された瓢箪の注ぎ口から酒を飲むと、『くうー!』と歯を食いしばる龍馬。

「はあー!カッカするぜよ!にしても高杉さん、あんまり酒は飲んだらいかんち、はつみさんにもしょっちゅう言われちょったがじゃろう?」

「そうだったな」

クククと笑いながら瓢箪を腰に戻す高杉。はつみときたら事ある毎に『酒を飲み過ぎるな』だの『肴だけではなくちゃんとした食事を食べろ』だのと、まるで乳母か何かかというぐらいに小言を言っていたのが懐かしい。―そう、あの頃は眩しいぐらいに輝いて見えた。あれから月日が経ったが、彼女は今もあの頃と変わりなく初々しい女性のなりをしている。だが、あの頃の様な弾ける輝きは薄れている様にも感じた。何とも言えない…荒波にもまれ、挫折と喪失を繰り返し、心身を削ってきたかの様な雰囲気が醸し出されている。男に抱かれる事もあった。そういった事を経て、大人になった、と言ってもいいのかも知れないが。

「まあ、時には酒女をたしなまんとやっとれんよ。」

「『時には』っちゅう割には、今も腰に携えちょるじゃろう」

「ははは!なんだ、君もはつみの小言癖がうつったのか?」

「いや~、酒を飲み過ぎると、肝臓がどうじゃこうじゃち恐ろしい事を言うき。わしゃめっきり酒を飲まん様になった」

「ああ、それで先ほどはあんなにキツそうな顔をしておったのか。まったく難儀な事じゃのぉ」

そういって構いもせずにもう一口酒をあおって見せる高杉。龍馬は『あちゃあ』と言わんばかりの顔をしてから、海に浮かぶ四カ国艦隊の船を見て『そいうだ』とばかりに顔を瞬かせた。

「そうじゃ、高杉さんも一度、西洋の医者に診てもろうたらどうぜよ?」

「うん?なんじゃ急に」

 そういうと龍馬は高杉の側に一歩近づき、彼の身長に視線を合わせてから、英国の国旗ユニオンジャックが掲げられたひと際大きな船・ユーライアラス号を指さした。

「今日、はつみさんはあの船に招待されておってのう。」

「ほう。」

 あれは講和交渉の際に高杉も乗船した船であり、英国の公使が乗船している由緒正しい軍艦であると記憶している。一体どういう経緯ではつみがあの船に『招待』されたのかが気にかかるが、それよりも更に興味を引く話題が、龍馬の口から次いで出て来る。

「なんでも腕利きの医者も同行しちょるちいう事で、はつみさんの背中の傷も見てもらう事になっちゅう。その医者に―」

「待て。はつみの背中の傷、とはいったい何の話だ?」

 酒でも含みながら割かしのほほんとした雰囲気で続いていた会話に、突如鋭い短刀がきらめくがごとく緊張が走った。龍馬はとっさに身を正し、『もしかして言うたらダメな事じゃったか…?』と言わんばかりに口元を手でふさぐ。高杉は龍馬のどんな言葉、表情も見逃さないとばかりに、まるで臨戦態勢にでもなったかの様な眼差しでこちらを見上げていた。

「おい、黙るな。大事なところじゃぞ。」

「え、あ、あ~~~…高杉さん、この夏にあった池田屋事件の話は聞いちょるじゃろうか?」

探りを入れた所で仕方ないのだが、話の流れを作る為にもちょっとした確認から切り込んでいく龍馬。高杉は怪訝そうに眉を潜ませながら『今年6月の池田屋事件の話なら勿論聞いておる』と返すが、そこにはつみの背中の話が付随しないとなると、やはり彼の耳にはつみ襲撃事件の報は入っていないのだと思われた。池田屋事件が大きなきっかけとなり、長州では久坂ら攘夷派らが次々と進発するに至った結果、禁門の変へと発展していった。長州では目まぐるしく報が舞い込んでいたであろうし、直接藩とは関係の無いはつみの事件の報などは埋もれてしまったのかも知れない。

「それがどうした。…池田屋事件にはつみも関わっておったのか?」

 海に向かって立っていた高杉は、いつのまにかその身体の正面を龍馬に向けて真正面から問いただしてくる。高杉の方が頭1つ分も背が低いというのに、まるで頭3つ分上から圧をかけられているかの様な気迫で迫られ、龍馬も思わず『こらまいったぜよ』とばかりに苦笑する。

「いや、池田屋には関わっちょらん…いやまったく関わっちょらんとも言えんが…」

「一体なんじゃ!はっきりせんな!?」

「ちゃちゃちゃ!落ち着くぜよ高杉さん!あー今から話すけんど、どうか、腹は立てんでくれ。の?」

随分と前置きをしてくる龍馬に対し、高杉は短気を起こして腕を組み、眉間にシワをよせたまま「わかった、はよう聞かせてくれ」とぶっきらぼうに応える。『もう既に怒っちょる…』とは思いながらも、気になって仕方がない気持ちが分からない訳でもない。あの事件を聞いた時の自分の取り乱し様を思い返せば、今の高杉の心境にもすっかり同情的な訳で。そんな心持ちで、龍馬は話をすすめてやった。

「長州の進発隊が続々と京師に布陣しちょった6月の終わり頃じゃったか。…はつみさんが襲われてのう。」

「……初耳だ……」

沸々とした声が却って恐ろしい程に、高杉は腕を組み、仁王立ちしている。そして無言の圧で『続きを聞かせろ』とばかりに視線を投げかけてくる。龍馬は苦笑と共に困った顔をしながら頭をぽりぽりとかき、更に語り出した。

「背中の傷っちゅうがは、その時に受けた太刀傷の事ぜよ。」

「…下手人は誰じゃ」

 あからさまに沸き起こる怒りを抑えつけようとしながらも抑えきれない怒気が、まるで空気を震わせ龍馬の肌にびしびしと伝わってくるかの様だ。こんなに凪いだいい天気で景色のいい場所だと言うのに、ここだけ戦争でもおっぱじまるのかとでも言わん勢いの、不穏な空気である。そして、その下手人についてはどうしても話せない理由があり、更に場の空気が重くよどむ事が想定された。

「すまんが高杉さん。下手人についてはわしの口からは言えん。」

「何故?」

「はつみさん本人がそれを伏せようとしちょるき。それを無視して、わしの口からはよう言えんのじゃ」

「むっ…」

「それにこの件は、はつみさんと当人らとの間ですでに決着がついちょる事でもある。一切を不問ちする言うちょる当人を置いてわしらぁが騒ぎ立てよっても、仕方がないがじゃろう。」

「……」

「世の中はやれ敵討ちじゃ、報復じゃちがまかり通っちょると言うのにのぉ。…あれはまっこと、胆の据わった女子じゃき。」

 高杉にとってそれは、まったく納得はいかない事ではあるが受け入れざるを得ない完璧な回答だった。怪我をしたはつみ本人が犯人を庇おうとしているだけでなく、決着が付いているというのであれば、全くの無関係な位置から首を突っ込んでいくなど無粋極まりないという事は、自分でも分かっているのである。だが、それでも込み上げてくる感情が高杉を悩ませた。国を憂い藩を憂い時勢を憂う、そういった感情とは別の、もっと直情的な、本能的な感情だ。怒りはもちろんだが…そこには悔しさのような感情もあった。彼女の一大事を知る事すらなく一方的に彼女からの協力を享受していた事や、本当は彼女の動向はいつだって何だって把握していたいと願っていた思いが爆発的に膨らんでいくのを感じる。
―だが、自分ももう『大人』にならなければならないといつも考えていた。新地を拝領し育み組を卒し自立した武士として。そしてそのように引き立てられながら後先考えず出奔をし投獄され、猛省に猛省を重ねた日々を振り返り…。若かりし日々の自分の様に『我』ばかりを貫く訳にはいかないのだと、大人になった自分が、冷静でいられない自分を抑えようとしていた。


「……坂本君。」

龍馬からすれば不自然とも思えるほどの沈黙が続いた後、これまで不機嫌の煽りを受けて露骨に単語しか発さなくなっていた高杉が、ようやくまともな会話を試みて来る。

「なんぜよ、高杉さん」

「僕は今、猛烈に怒りを抑え込もうとしておる。」

「…ん。わかっちゅう。わしもそうじゃったき。」

「…知った様に言うなよ。君は下手人が誰か知っておるのだろう?」



 龍馬の気負いさせない何気ない言葉は、意外にも高杉の心に響き鎮める作用をもたらす。
「この話はもう終わった事なのだと割り切ろうとするはつみ」


」


 『はつみの中では済んだ話』なのだと言う事をちゃちゃちゃと笑いながら話す龍馬に対し、話を聞いた高杉は何か思い至ったのかしばらくしてから
「ああ確かにそういう女子だな」
 と言い、腰に下げた酒瓢箪を一口煽った。龍馬にもそれを差し出し彼がそれを煽ると
「ところで坂本君。君ははつみとはどうなったんだ?」
 と、これまた唐突に切り出した。

 先ほどは『いくらでもシラを切れる』と言った龍馬が「ふぇ?」と本音かワザとか素っ頓狂な声をあげる。
「抱いたのか?」
 高杉は続けてどうなんだ?と真正面に仁王立ちして訪ねてくるのだ。先ほどまでの開国だ日本の未来だ襲撃事件の下手人だといった話よりもよっぽど本腰を入れて訪ねてくる無遠慮さは、まるで魔王の様だと(誰かと同じ様に)思えた。
「いやいやですから、わしとはつみさんはそがな仲ではないき」
「まァだそんな事を言っとるのか?」
「まだもなんも、最初からそうですき」
 前にもこの様な押し問答をしたが、これについて高杉は『絶対に』意見を曲げるつもりはない様だ。それこそ、彼には「龍馬がシラを切っている」様に思えるのである。あくまで男女の関係でもないしそういう感情もないと言い張る龍馬に、高杉は酒瓢箪を奪い取りまた一口煽っては
「男子たるもの!」
 等と叫び始める。突然唄い始めた高杉に流石の『奇人』龍馬も唖然として彼を見つめた。

「おいおい高杉さん、酔っちゅうかえ?」

「いいから聞きたまえ。『血道を上げてこそ人生の煌きたらん―』…あー三味線が無いと締まらんな」

「はぁ…」

「要するに『弱気が美人を得た例はない!』そういう事だ、坂本君」

「はぁぁ…」

 龍馬はへいへいと言わんばかりに苦笑していたが、そうやって仮面をかぶる彼の心に響いたであろう手応えを高杉も(勝手に)感じていた。…別に彼の恋路を応援するとかそういう事ではないのだ。ただ、はつみは出会った当初から高杉にとって妙な存在というか、得難い存在であるという意味では高嶺の花ともいえるべき人であったから、色々と気になるのだ。
 最初は、面白そうな女子だからいつもの様に可愛がって懇意にしてやろうと考えた。ある日『今日こそ触れてやろう』と距離を詰めてみたらとんでもない女で、高杉がどうしても逆らえない父親にさえも言われた事のない様な大説教をド正論の下にかましてきたのだ。何と小賢しくも憎らしく、そしてなんと輝きの強い女子かとも思ったものである。…実は他にも気に入らない事があってその時は『君とは相性が悪い様だな!』等と言って彼女を追い払ってしまった事もあったのだが…細かい事は(みっともないので)忘れた(フリをする)。
 …ともかく、それ以来、高杉ははつみを抱く事を諦めた(訳ではなかったが)。『輝きが強すぎるものには虫がよう集まる。抱いてもつまらぬ』などと考える様になったのだった。(言っておくが負け惜しみではない)

「高杉さんの言いたい事はようわからんけども」
「わからんのかい」
「あの船にアーネスト・サトウという人物がおったがじゃろう。」
「おお…通訳のサトウ殿か。おったぞ。」
 高杉のツッコミもそこそこに受け流し、龍馬は煌く海に浮かぶ英国旗艦ユーリアラス号を見やりながら問う。高杉は龍馬の隣に並ぶと、今度はユーリアラス号へ向けて堂々と仁王立ちをしつつ頷いて見せた。
「彼がどうした。」
「いや、はつみさんが楽し気に文通をしちゅうき、一体どがなお人なんじゃろうかと思うて…」
「…なに?文通じゃと?」
 聞き捨てならぬことを聞いたとばかりに高杉の視線が鋭く煌くのを、嫌な予感でしか受けられない龍馬。
「どういう経緯なのだ?」
「どうもこうも…去年の秋ぐらいじゃったかの?―」
「っく…どんだけの男と関わっておるのだ…魔性の女子めっ…」
 思った通り、嘘か誠か様子のおかしい高杉に遠い視線を送りながら呼びかけ続ける。
「あの~…高杉さんよ~…?」
「相分かった、相分かったぞ坂本君。それならばこの僕も文にて通じようではないか。はつみと。ん?どう思う?」
 自分より頭一つも背の低い高杉なのに、根っからの身分の良さなのかその性格故なのか、頭3つ程高い所から物を言われているかの如き勢いに『はぁ…』と鼻をほじらん勢いの龍馬。
「文通でもなんでもしたらええが、わしの質問はどうなっちゅう」
「はん?あ~、ああサトウ殿だな?そうだなシュッとして賢そうな、いい男だったぞ。まあ通訳としてその場におっただけだからな、彼自身の事は僕にもわからん」
 そこまで弾丸的に返答をして、『だがどうして、フーム』とばかりに腕を組む。
「あのしれっとした様子ではつみと文通を続けているとは、なかなかのヤり手かもしれんな。そもきっかけはたかが瓦版の如き紙切れにはつみの事が書いてあっただけだろう?どこの誰ともわからん女子を、そこからどうやって探し出したのだ?しかも自由に歩く事も難しい異国の地でじゃぞ?そうとうの執念が必要だぞ…」
 普段から割とよく話すし『つっこみ』も多い御仁であったが、今日、今の話題はことのほか彼を饒舌にさせるようだ。というか、こういう痴話話ができる様な相手―すなわち龍馬の様な存在―と久方ぶりに会えたのも、彼にとっては絶好の羽を伸ばす機会だったのだろうとも思う。
「いや~はつみさんはまっこと楽しそうに、素晴らしい人じゃと言うておったが」
「そうか、それで彼の事が気になっておったのだな?坂本君は」
 尻尾を掴んだとばかりに龍馬へ視線をやるとニヤリと笑い、愉快そうにまた仁王立ちをする。
「いいのか?今日、会っておるのだろう?あの船で。二人で。」
「そうですのう、今まさにあそこにおるがじゃろ」
 と返す。
「『鬼椿権蔵殿とは初対面のはず』だと聞いておったが…なるほど、俊輔がその様な段取りを取る訳だ。ふーむ、やはりあやつは何か知っておったな…。これは聞きださねばなるまいよ」
 クックックと、また一つおもしろき事でも見つけたかの様に含み笑いをする高杉に合わせて笑うも、視界の遠くの方で人気を感じた龍馬はサッと馬の手綱をとり高杉へ差し出す。
「まあ、続きは馬に乗りながら。そろそろ戻ろうぜよ」
「ああ~。うん、そうだな。まったく世知辛い事になったもんだ」
 刺客らしき者達の遠くからの気配に高杉も気が付いていた様だ。手綱を受け取り難なく馬に乗り込むと、
「いくぞ坂本君!」
 と言うなり馬を駆った。
 今回アーネスト・サトウと直接会えるかどうかも分からなかった龍馬は彼の事を聞きたかったのだが、講和交渉の席でしか会った事がなく『彼自身の事は僕にもわからん』と言った高杉の言葉ももっともだなと、自分を納得させるのだった。

 その後、高杉は龍馬に言われた通り『はつみ自身がが黙っている、或いは終わった事、と決めた背中傷の下手人』については不問とする事にした。その代わり、伊藤に対し今回急にはつみを呼びつけた事にサトウがどのように絡んでいるのか、また伊藤自身にどのような魂胆があったのかを聞きだした様だった。彼の行った事にどうこうという訳ではなく、単純にはつみとサトウの事が知りたかったのである。
 ある程度の経緯を聞き納得をした高杉は、翌日サトウがはつみ達の宿舎に招かれ楽しくしているという報告も受ける。すると身分の高い宍戸刑馬として講和交渉の席を共にしたというのに、その個人的な宴に参加するとも言いだした。
「いや~流石にラフ過ぎませんか?」
「らふとはなんだらふとは?」
「あ、砕けた…というか、軽いといいますか…」
「なるほど。おのしもはつみと同じ様な口ぶりになってきたよの。留学すれば皆その様になるのか?はっはっは」
 ともかく僕は行くと決めた、と言う高杉は、伊藤の額を人差し指でぴんと払い笑い飛ばしてやった。

 かくして翌日の夕刻頃、高杉は『宍戸刑馬』として、笑い声でにぎわうはつみたちの寄宿先へと酒を持参し現れる。
「長州の酒はどうだサトウ殿!」
「エエ、ヒジョーに美味だとおもいマス。少し、米の甘味ヲ感じマス。それがイイ。それに魚も大変オイシイです。」
 酒の場は高杉のカリスマによる独断場であった。はつみは二日酔いの上に手料理を頑張り過ぎたとあってダウンしているというのもあったが。
「おお!よく分かってるじゃないか!ははは、今日は長州の良いところをその胸に刻んでいってもらいたい。さて我らが長州はかの毛利元就公が―…」
「あ~サトウさん、お時間の方は大丈夫ですか?」
「まったく大丈夫デス。宍戸殿に日本史の講義ヲして頂けるトハまたとない機会デス。是非聞かセテ頂きタイ」
 サトウの、この時代における天性の外交官たる資質がフルに研ぎ澄まされた夜でもあった。高杉の謎の講義は夜遅くまで続き、突き合わされた龍馬や陸奥、内蔵太らはうつらうつらと船をこぎ、サトウの他寅之進は今も尚、まじめに高杉の話を聞き入っている。
「…早く帰りたいよ…」
 奥の部屋でずっと爆睡しているはつみの足元に苦笑を送り、伊藤はふぅとため息を付くのであった。
そしてこの夜の出来事は後日高杉自身の口から桂へと渡り、桂は早くの内からアーネスト・サトウに興味を持つ事となるのだった。







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