仮SS:異文化こみゅにけーしょん


 1月から長崎入りをしていた高杉であったが、上海の情勢が芳しくないとして長期滞在をする事態となっていた。当初3月出航との予定でもあったが、それも伸びに伸びて4月の中旬である。そしてようやく、幕府が所有する蒸気船『千歳丸』の整備が整い次第近日中に出航との報せが舞い込んでいた。

 長い滞在となっていたが、はつみの単語帳がそこそこ役に立っていた。日本語ができる2人のアメリカ人宣教師を訪ね、日本語と単語帳の英語を使いながら米国の文化等について話を聞くのだが、その内の一人であるフルベッキ宣教師は高杉が持っている手製の単語帳に興味を持った様であった。独特の『ノートのとり方』をよく覚えていた様で、『もしやトサのサクラカワサンの文字でワアリマセンカ?』と…思いもよらぬ名前が出て来て思わず感情が高ぶってしまう高杉。
彼とはそこそこに打ち解け、『異国の宗教がもたらす洗脳』には警戒心を持ちながらも、情報交換から他愛ない日々の会話などができる様にもなっていった。彼から聞いた話で特に興味深かったのは『日本の「士族と土民」といった封権身分制度に対し、米国では身分のない『四民平等』とされているとする話であった。日本で言う将軍とほぼ同等に値する身分の『大統領』が『平民』から『選挙』によって選ばれその任期を終えた時はまた『平民』に戻るのだと。それはまさにはつみが言っていた『日本の未来』の姿であったが、そこには決定的に『帝』の存在が考慮されていない語り口であった。…もしや、異国はまだ幕府と朝廷の関係について真実を把握しきれていない、もしくは大きな誤解をしたまま今の不平等条約を遂行しているのでは…?とも俄かに勘繰る高杉。
 それはそうとして、フルベッキ宣教師は『愛』について語る事も多かった。宗教的な話はバッサリお断りと決め込んでいた高杉であったが、愛する女性の話となるとうっかり興味を以て反応してしまう。
「アナタガタ侍ハ奥方に対シテモット愛情ヲ表現スルベキダト思いマス。カノジョ達ハ子ヲ産ミ家事をコナスだけのジョチュウとはチガウノデスカラ」
 なんとも失礼な事をズケズケと言う所が異国人らしいと呆れて聞き流せるくらいには、高杉もこの長崎での生活に慣れていた。
「ではユーは、妻…あー、『ワイフ』に何を以て愛情表現とするのですか」
「オー、ワタシは主ニ仕エル身ですカラ、ワイフはイマセン。デスガワレワレのクニデハ、ワイフにタイシ、ショッチュウおくりものヲシマス。アイと、カンシャをコメテ」
「なるほど…まぁそのぐらいの事なら、どの男もやっておるのではと思うが…」
 ―といいつつ、長崎に来て身内への土産物など何も購入していない事に気付いた。これから上海へ向かう所なのだからそこへ気が向かなかったといえばそうなのだが、航海道中だけでも生きるか死ぬかという覚悟が必要であったのもあり、ここは異国人の言う様に何か買って贈るか…と、気が向く高杉であった。

結婚して以来、殆どまともに結婚生活を送れた試しのない妻・雅子宛てに、長崎の反物や帯などを買い、『こっそり送りますから、よその人などに見せびらかしたりしない様に』と注意書きの手紙を添えて贈ってやった。
…同時に、もう一人の女性も頭に浮かんでしまう。
「…さて…あの男女は何を所望か…」
 長崎に来た事もあり、西洋の知識も深い事から下手なものを送るよりは身近なものの方が良いかも知れないなどと考える。そういえばよく甘味処へ行っていたな、甘いものが好きなのか…?等。気付けば一人微笑みを湛えている自分にも気付き、『ああ、これはいかんなぁ』と思いながらも、手ごろで気兼ねなく受け取りやすそうなものを購入したのだった。





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