仮SS:嵐の予兆2


10月。容堂公の御前で行われた佐幕派・寺村左膳と尊王派・乾退助による時世討論からの帰り際。親戚で幼いころから顔見知りの仲でありながらも、現時勢においては反対思想故に対立しているはずの左膳から呼び止められる。最近まで左膳が潜伏していた京にて得た情報として「君にとって有用な情報がある」などと遠回しに言ってくるので「俺に借りでも作らせる気か」など適当にあしらったが、桜川はつみと武市ら攘夷派についての事だと匂わされ、耳を貸す事にした。

 それはどういった情報であったか。
適した場に移動した所で、寺村はじらす事もなく率直に情報を明け渡した。

 東洋暗殺の際、はつみもまた何者かの襲撃を受けたが、結果的には今も無事であるという事を。

初めて知る乾は、にわかに眉間にしわを刻む。更に続く左膳の話によれば、つい先日に追って得た情報で、桜川はつみは薩摩の家老並である小松帯刀と長崎遊学以来となる親交があり、その事が原因で京の過激尊王攘夷派から目を付けられているらしいと。そしてどうやらこの事は京に集う土佐過激尊王攘夷派らの間で箝口令が敷かれている様で、江戸には殆ど入って来ていないという所まで聞かせてくれた。。

 『過激尊王攘夷派』とはまさに武市ら一派の事である。彼らと行動を共にする間崎哲馬から主だった情報を入手していた乾は彼を信用していたのだが、このはつみの件に関しては恐らく故意に情報が間引きされたであろう事を察する。

「後藤らは当時土佐におったがじゃろう。その方からも報告は上がって来んかったがか」

「東洋様の件があったのだから、同じ刻に根無し草の娘が襲われた事が把握されていたのだとしても報告には足らぬと忘れられたのやも知れません」

「……あり得るか」

 当時、他に関連報告があった事と言えば、谷干城という勤王派上士が事もあろうか吉田東洋暗殺の犯人ではないかとされる噂があった。事件当時に彼が雨の中を走り去る姿を見た者がいるという報告があったが故のもので、後に誤解であった事が既に確認されているが。


 とにもかくにも、吉田東洋が暗殺された事により、土佐では一気に派閥改革が進められる事となった。乾の幼馴染でもある『後藤』こと後藤象二郎は吉田東洋の甥であり、東洋によって藩改革を推し進める『新おこぜ組』として将来を期待されている上士の青年だ。今目の前にいる寺村左膳とはまた違って大雑把でどんと構えた男であり、乾とは仲が良かった。―が、この時世に対する『思想』による派閥は、彼らの友情を裂くとまではいわずとも、昔の様に何でも打ち明けられるという様な状況ではなくなってしまっていた。

 派閥による人間関係の形成に及ぼす影響は顕著である。乾は生粋の尊王論者であるが、同じ『土佐尊王攘夷派』である筈の武市ら一派とはいつしか若干違う道を行く様になっていた。それは、藩主や容堂公の同意なく勝手極まりない『殺し』たる天誅によって権威を掌握しようとする彼らのやり方について、『藩主、ご隠居、上士、下士すべての意思が勤王へと注がれるべきであり、彼らのやり方では一藩勤王には到底至らない。ただ、不条理の上に成る虚勢である』と見ていたからである。つまり土佐藩士として藩主および容堂公への忠義を貫いた上で藩論を正してこそ『真の一藩勤王』であると説く者なのだ。…そんな乾の思想はあまりにも真っすぐな上に清廉潔白すぎて、佐幕改革派である容堂公や後藤ら、強固な保守佐幕派である小此木氏や寺村左膳らとは一線を画す、『君主忠誠保守の尊王攘夷派』として浮いた存在となっているのが現状だった。仲間はいる。共に『勤王』を誓った小笠原唯八と佐々木三四郎だ。だが乾の複雑な立場を全て理解し同調しうる同志というのは、『これだけ』とも言えるかも知れない。

 表向きには容堂公のもと江戸留守居役、側用人と抜擢される乾なだけに、武市ら以下の過激尊攘派からは『尊王攘夷派と見せかけた佐幕上士一派の間者ではないのか』と疑われる事もあり、目の下のタンコブの様にも見られている。―が、例えそのように乾と武市一派らの間で溝があったのだとしても、なぜはつみ襲撃の件に限って箝口令の様なものが敷かれていたのかまでは理由がはっきりしなかった。先ほども話した様に、東洋暗殺の件に比べたら一人の娘が悪漢に襲われた事など大した事ではないのが世の常なのだ。ただ単に見落とされていたのならばそれで良かったろう、だが『箝口令』となるとこれ以上に不自然な事はない。
―そしてその点については、左膳も同じ見解の様だった。

「意見が合うとは珍しい事もあるもんじゃ。…で、何故それを俺にも伝えようち思うた」

「…吉田様が有望視していたはつみさんの才については、我々としても一目置いているところでして。私も、彼女の事を少し調べていた。」

 乾の眉がピクリと動き、それだけを見ても『効いている』と内心笑みを漏らす左膳。

「彼女を守るという意味では、乾君に協力してもらった方がいいと思ったまでのことです。」

 かつてはつみに求婚して実を結ばなかった事を知っていて、暗に逆撫でているのか。穏やかそうな微笑の奥にはいつも何か引っかかるものを感じてしまう彼の視線を、乾は鼻を鳴らして一蹴した。

「…フン。いけ好かん奴じゃ。」

「私の事はどうとでも…。しかしながら、はつみさんの件、延いては彼女を襲い、勤王派の者達が押し隠そうとったという暴徒がどこかに潜んでいるという件に関しては、君にも目を光らせておいてほしい。」

「…無論じゃ。」

 極めて簡潔に二人の話は終了した。特に慣れ合って話す事もない二人にとっては必要な情報交換だけでよかったので、それで問題はない。何より寺村の話は意外にも乾にとって確かに有益なものであった。江戸で別れて以来、ましてや東洋暗殺や自身の襲撃事件、上洛といった大事件があったというのに一通の文も送ってこないはつみ。何とも言えない感情が胸の中に渦巻き始める。


逢いたい、今すぐに。無事を確かめたい。



そう思いながら、藩邸内の自室へと帰っていくのであった。







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