12月上旬。江戸での任務をようやく終えた武市ら勅使一行は、今となっては公武合体派として違う路線をゆく薩摩の動きを警戒して颯爽と京へ帰って行った。それを見計らった様に、乾ははつみを呼び出す書簡を送る。
乾からの呼び出しを受けたはつみは、常に追従してくれる寅之進や以蔵と別行動をする事を望んだ。以蔵はただ黙っていつもの町を見下ろす窓際に腰を下ろすが、連日の出来事や様子から何となく只事ではない事を察していた寅之進は心配気に『近くまではお供をさせてください』と食い下がる。しかし、今日これから恐らく行われるであろう事を考えると…ひたむきな使命に自信を費やしてくれている彼に外で待っていてくれとは、口が裂けても言えそうにない。
「ごめんね、寅くん。…長い話合いになるかも知れないから、ここで待っててくれるかな」
「……はい…」
姿が見えなくなるまで心配気に見送ってくれる寅之進に何度も振り返り、そして二階の窓際から静かに見下ろす以蔵にも手を振りながら、はつみは指定の料亭へと向かう。乾との江戸取引で得た一遇の機会での結果はどうあれ、乾は細かい事など言う事もなくまずはつみの願いを叶えてくれた。今度は乾の願いをはつみが聞くという番なのである。
普段通りの男装でやってきたはつみであったが、恐らく格上の武士や大名らが愛用する様な料亭なのか自分の格好が極めて場違いである様に感じながらも、品の良い女中によって部屋へと案内される。乾は女性を一人脇にい置いて酒を嗜んでいたが、はつみが来ると直ぐに引き上げさせてはつみを近くへと座らせた。
黙って座ったはつみは視線を落とし、口を真一文字に結んでいる。すでに『覚悟』を決めた様子で緊張している様子が伺えたが、なまじはぐらかしたり遠回しにしても意味のない事だと考える乾は、直球で用向きを伝えた。
「今日は取引の件でおんしを呼び立てた。」
「う、うん。あの、でもその前に…この間は難しいお願いを聞いてくれて、本当に有難う御座いました。」
『取引』における乾側から提示される『対価』についてはある程度の想像もついているだろうと思う中、はつみは乾が思っていたよりも心を強く保ち、そして何より今回の取引に納得している様だった。その証として、丁寧に頭を下げ改めて礼を述べる彼女を黙って見つめ返す。いくら事務的に取引をする場であるとはいえ、礼節を重んじる精神は乾の好む所でもある。そして何より、はつみの方がこの取引を『事務的こなす』といった無感情な姿勢ではなく、あくまで納得してくれているのだという事自体が、取引の内容だけに柄にもなく迷いもあったりした乾の心を肯定している様にも思えた。
「乾がしてくれた事は凄く大変な事だったって思ってる。寅くんの事件があった時、東洋様に進言してくれた時みたいに……。今更だけど、それに見合ったお返しが私に出来ればいいのだけど…」
「ああ。…おまんはよう分かっちゅう女子じゃ。」
浮世めいた言動の多いはつみであっても、そこのところについては理解できている様だ。別に恩を着せる訳では決してないが、確かに、東洋や容堂に直接建言や推挙を行うなど並大抵の出来事ではない。大名や大名に匹敵する権力を持つ者というのは、そこらの下士以下の民草からしてみればその顔を直接見る事ですら、その一生においてあるか無いかという程『雲の上の人』とも言える。乾とて、上士であり出世街道とも言える江戸留守居役と容堂公の側用人を務めているとはいえ、その身分は馬廻格。家老や参政ではないのだから、顔を合わせ会話をしたり組み稽古の相手を務める事と建言をするのとでは訳が違う。
「やき、確かめておきたい事がある。」
改まった様子の乾に対してはつみは改めて背筋を正し、視線を向けた。
「おんしがこがぁな無茶をしたのは、武市への慕情故か」
いきなり大図星を突かれ、露骨に怯む表情を見せるはつみ。
「無論、一藩勤王の在り方についての見解に嘘はないじゃろう。じゃが、その根幹には武市への想いがあっての事。そうであろう?」
乾の声はあくまで冷静で、表情も不動のままだった。責めるような口調ではなく、ただ、事実を確認するかのように淡々としている。はつみにとって武市に対する複雑な想いを口にする事はこれまでに殆どなく、寧ろ『これ以上は踏み込んではいけない』と、あえて考えない様にもしていた部分だ。それが、今の様な状況で真面目に真正面から尋ねられては、はぐらかしたり嘘をつくことも心底憚られる。乾はやるべき事をやってくれた。その上で更に、乾の好意を利用したという罪悪感が渦巻いている。求められる取引の対価が『自分に出来る事であれば何にでも応えるべき』と覚悟をしてここにきたはつみは、秘匿し続けたその胸中を掻き乱される思いにさらされながらも、なんとか言葉を選びながら乾の問いに答えようと務めた。
「ぼ、慕情…。そういう風に言えば、そういう事にもなる…かも…」
「歯切れが悪いのう」
「だって、私が一方的に憧れてるだけだから…」
拗ねた様に言うはつみは、更に言葉を連ねる。
「別に武市さんとどうにかなりたいって思ってる訳じゃないの。でも…助けたい言って思う。例え朝廷の人達に気に入られたって、土佐の武士である限りは土佐で足並みを揃えないと…今のままじゃ、いつかぶつかり合う時が来るでしょ?もしそうなったら、武市さんは…」
一藩勤王の件に関しては当然乾にも思う所があるが、彼や武市、或いは佐幕派の者達の主張も含め多くの者達が考えているのは『そこに大義があるかどうか』である。ここが、はつみの言動や思想が多角的で深遠であるのに『野心がない』とされる所以であり、現に、彼女はただ一心に『武市の身を心配して』土佐を飛び出し、はるばる江戸にまでやってきたという事になる。だが、それこそが彼女にとっての『大義』なのであれば、それはそれで、一人の人間として見上げた決断力であり行動力だとも思う。…ただ、率直に言って『他の男の為に』という点においては、乾にとっては複雑な心境になる真実だ。故に、これから『取引の対価』を求める上で、はつみの本心、原動力となっているものをはっきりさせておきたかったのだ。
「わかった。ならば、俺がおんしに求めるものも、同じく慕情が絡むもので構わんと理解してええちいうことじゃな。」
「……」
あまりにも真っすぐな言葉に、はつみは思わず大きな鼓動を打ち付ける心臓を押さえる様に手を当て、言葉を失う。乾の意図を…その想いを分かった上で、罪悪感を抱くと共に覚悟も決めたはずだったのに、いざその瞬間が近づくと思わぬ動揺が胸を締め付けていた。言葉を選べずにいるはつみの無言を『暗黙の了』と受け取ったのか、乾は冷静な声で感情を押し殺すように、ついにその言葉を放つ。
「…今晩、俺はおまんを抱く。それが、今回の取引の『対価』じゃ」
「………」
乾の表情はいつもと変わらないものであったが、その手が拳を握り締めている事に気が付く。それが感情を隠すような冷静さを保っている様にも見え、彼の心の奥底に渦巻く感情を必死に抑え込んでいるかのようだった。
「好きではない男に抱かれるちいう事じゃが……」
『取引において何を求められようとも、心だけは奪えない。』
「……」
「?…乾…?」
『はつみを抱く』と宣言したにも関わらず、はつみの真の想いを確認した事によって暗黙のうちに突きつけられたその感覚がいよいよ胸に重くのしかかり、思わず言葉を詰まらせる乾。そこには、三年前に一目惚れして以来ずっと心を捉えて離さない「かぐや姫」たるはつみへの想いがただ渦巻いていた。かぐや姫から差し出された難題をこなし、その難題に見合った公平な『対価』を求めたつもりだったが、彼女の『大義』を考えた時、はたしてそれは本当に『公平』だと言えるのか。江戸詰めとなって以来、そこらの悪徳役人や身分の高い男が、気に入った女を好きな様にして目をそむけたくなる様な事件へと展開する噂話しなどを幾度も聞いた。女にとって身体を奪われるという事は、心が死ぬことに等しい事ではないのか…。
「…わかってる…私は大丈夫だよ、乾……」
まるで乾の思案事を見通しているかの様に思わぬ所で返ってきたはつみの声は、片耳に難聴を患っている乾の聴力では辛うじて聞き取れる様な小ささであった。しかし、彼女なりの強い覚悟がこもっている。そして投げかけられる視線には極度の緊張が見られるものの、対価として身体を求める男に対する嫌悪感の様なものは見られない。むしろ、乾の緊張や葛藤を見抜き、気遣ってすらいる様に感じられた。改めて、はつみはこの取引に納得している。その事が、今の乾には一抹の安堵をもたらすものとなっていた。
乾の心は尚も、激しく揺れ動く。
もう手が届かないのなら、せめて形だけでも一線を越えたい。
――心から好いた女に、はつみに触れたい…
だが一方で、乾には分かっていた。
もしもこの「取引」の形で彼女と関係を持ってしまえば、これまで良い距離感で均衡を保っていた二人の健全で快適とも言えた友好関係は、二度と元には戻れなくなるだろうと。
それが分かっていながら…遂に乾は立ち上がり、ゆっくりと歩を進めるとはつみの目前に膝をつく。
「…乾……」
はつみの緊張に満ち満ちた視線を真正面から受け止め、震えているか細いその手をそっと握りしめた。
―後編―
緊張しているはつみの手を取りその場に立つ様促した乾は、はつみが立ち上がったところで急に両足を掬い、躊躇う事なく抱き上げて見せる。
「きゃあっ!?」
見かけによらない剛腕で軽々と持ち上げられ、思わず乾の首もとに抱きついてしまうはつみ。『ご、ごめん!』と言いながら咄嗟に手を離しはしたが、それと同時に、あの時と変わらない上品で控え目な香りが彼の首元ら辺からふわっと香り、はつみの鼻腔をいたずらにくすぐっていく。乾の意図しない所で意識を掠め取られたはつみが、抱き上げられたまま抵抗する間もなく隣の部屋へ連れていかれたのは想像に容易いだろう。
「何に気をやっておる?」
「えっ?いやあのっ」
まさか乾の香りに文字通り悩殺されているなどとは言えず、口を噤む。そして抱き上げられたまま連れてこられた部屋へと、改めて目をやった。
先程までの客間とはまったく雰囲気の違う寝室。薄暗く、部屋のすみに燈籠がぼんやりと点いており、他の家具は小さな箪笥とその上に置かれた花瓶、そして四方に置かれた屏風以外殆ど見当たらない。そのかわり、真っ赤な光沢生地の大きな布団が部屋のど真ん中で異様なほどに存在感を発揮している。いかにも、これからそこでまぐわう二人の情熱を煽るかの様な存在感であり、客室との間を隔てる襖の隙間から差し込む灯りが更にその布団の異質さを際立たせていた。
乾は迷うことなくその布団にはつみを下ろし、はつみと対面する形で自らも着座した。ここまで来た乾に、先ほどまでの葛藤は『全て無くなった』とは到底言えないまでも、後に引き返す選択肢はもはや無いと言い切っていい心境に向かっていた。はつみに至っては手を握られた瞬間からもはや物事を考える余裕は目に見えてなくなってゆくかの様だ。
そんな初心なはつみを他所に、乾は手慣れた動きで自身の上着の襟元を緩めると袖を抜き、内側から腕を出して一気に上半身の肌を露出させる。
「きゃあーっ?!ちょっ、乾っ?!」
「なんじゃ」
「ふ、服着て?!」
あくまで拒否する訳ではなく、この状況で咄嗟におかしなことを言うはつみに、一瞬乾の眉が上がる。一瞬の表情ではあったが笑った様にも見え、その事が却って、二人の異様な空気を緩和させる効果を発揮する。初心な様子のはつみを目前にする乾は、そうやって不動の表情に笑みが漏れる程、一層彼女が愛おしく可愛らしくも感じていたし、はつみはそんな乾の内情を直接理解出来ている訳ではなかったが、乾が『自分を受け入れてくれている』事を実感する事で、彼に対する罪悪感が軽くなるのを本能で感じるのである。
「…男の裸に動揺しちゅうがか。ならよう見て慣れろ」
「そうじゃなくてっ!エッ!」
はつみの手をとった乾はそのまま自分の胸板に押し付け、筋肉の凹凸を知らしめる様にゆっくりとなぞらせた。 軽々と抱き上げられた時にも筋肉質な体つきである事を感じたが、肌を直視しながら触れるとその質感は更に鮮明に伝わってくる。かなり鍛え上げられたであろう絞られた身体、胸元から腹筋にかけての陰影が濃く、それが呼吸に合わせてしなやかに上下している。
乾が滑らせるはつみの手に合わせて彼女の視線が体の隅々へと移ろっていくのを、乾は満足気に受け入れながら囁く。
「…これから致そうという時に、脱がぬ道理はなかろう?」
そう言うと乾は空いている手をはつみの腰に回してグッと体を押し付け、急に距離感が縮まって怯んだはつみをそのまま深紅の布団へと押し倒してやった。慌てるはつみの両手首を優しく握って持ち上げると、そのまま布団に手をついて四肢をつく形で上に覆い被さる。乾の真っ直ぐな前髪がサラリと目の前で揺れ、その隙間から見えた視線は真っ直ぐにはつみを捉えている。当然ながら冗談ではなさそうな、獲物を射程圏に捉えたタカの様な目線で射抜いてくる。…取引であると分かっているのに、思わず、図らずも、たまらず、はつみの胸がぎゅうと強く締め付けられた。
そこへ、乾が真摯な姿勢を見せて来るから尚の事…はつみの感情は自分でも理解が及ばない様な所へ歩み始めてしまう。
「…おんしの事は、妻として抱きたかった」
無骨な指が、ふわりと形の良い曲線を描くはつみの輪郭をそっと撫で上げる。いつもは良くしゃべるのみならず血気盛んな男どもをも言いくるめてしまう饒舌が、今は乾を受け入れようとナリを顰めている様だった。動き出さない舌を隠す瑞々しい唇に触れて軽く感触を楽しんだ後、不意に口付ける。
「―…!」
細い肩がびくりと跳ね上がるのを乾の力強い腕が包み込むのと同時に、彼の首元からふわりと香る上品な香りが再び、まるで媚薬の様にはつみの鼻腔をくすぐった。これは乾の知らぬ事ではあったが、『香』ではないこの乾の上品な香りはどういう訳かはつみの『秘孔』を突く効果がある様であった。一番初めにこの香りを嗅いだのは数年前の『逢瀬』の時だったが、その時は『いい香り』と思っていたのが、これまでに何度か乾と逢瀬を重ね、迫られて不意に香る度に『男女の距離』を意識させる効能をもたらすようになっていたのだ。
また、そんな事が男女の瀬戸際で繰り返されてきたにも関わらず、結果的に口づけ以上に至るの体の関係を迫ってくる事は無く今に至るのだが、今日は明らかに乾の手つきが違う。触れる唇を交わらせる角度も深く、ぬろりと遠慮なく入り込んでくる舌の感覚に思わずはつみの背中が反るのを、優しくも力強く支えてくれる掌がまた、とても熱い…。熱がこもれば香りも沸き立つのか、はつみにとっては媚薬の様なその香りに包まれて直ぐにとろけ始めてしまった。
『口吸い』に反応して弓なりに沿った背中が次第に骨抜きになって行き、震えながらも舌を動かして応じてくれるその姿に乾もますます興が乗ってくる。その柔く蠢く舌を味わうように吸い、甘噛みし、また吸ってはちゅむっと音を立てて離し、チロチロと舐め撫でてやる。するとはつみの口角から「はぁ~…」と熱く長い息が漏れると同時に、緊張しきって強ばっていた彼女の胸元がストン…とほどよく脱力するのを感じた。自ら舌を出して乾の舌を受け入れ、従順に感じ入っているその様子に、乾は『愛おしさ』を堪え切れなかった。
「…案ずるな…優しくしちゃるき…」
「…っ…?」
驚くほど優しい囁き声で言うので、つい驚き彼を見上げてしまう。
「乾…なんかいつもと違…」
はつみの言いたい事は分かった上で、乾はその唇を再度塞ぐ。『らしくない』なんて事は自分が一番よくわかっているのだ。みなまで言うな、とばかりにその口を封じてやった。唇の感触を確かめる様に優しく吸い付いたり舐めたりを繰り返し、布団に縫い付けた両手にじりじりと指を這わせて彼女の指を絡めとると、離さないとばかりに握りしめて…細く柔らかな指が力なくも握り返してくるのがたらなく胸に迫った。自分でもなぜこんなに情熱的になるのか、不思議な程だ。
「あ…ちゅ、いぬ…ん、ちゅうぅ」
「―…はぁ…はつみ…」
乾の掌から伝わる熱と汗は意外にも率直にはつみの心を昂らせる。彼がまっすぐに向けてくる熱意が、はつみの身体と心をどんどん昂らせていく。乾の口元が物惜し気に舌から離れ、いつの間にか緩められていた襟元から開かれた胸元までを舌で唇でと味わいながら移動してゆくその感覚に、口吸いで絆されていた体が強張ってゆくのを感じながらも、身を委ねる。
―処女は特定の誰かに捧げたかった…なんていう、はつみの感覚で言うところの『少女漫画』めいた執着は、正直なかった。乾が言う様に武市への想いは確かにあるものの、彼とは決して結ばれる事はないのだと割り切っている気持ちもある。結ばれた時の事など考えた事もなかった。故に、直情的に『慕情であるか』と尋ねられた時にどのニュアンスで返せば良いのかを迷ったのは本心だった。
だがその代わり、身体を求められる様な事は、この乾も含め今まで何度か遭遇した事があったのも事実である。むしろその事があったからこそ、『この時代における『性』は、なんの後ろ盾もない自分にとって数少ない『武器』の一つでもある』とか『自分の身ひとつで物事が丸く収まるのなら』と考えたものだった。今回、乾が取引を持ち出さなかったとしても恐らく自分から持ち出しただろうし、その対価として己を差し出す事もしただろうと思う。事ここに至って幸いとも思えるのが、恐らくは子を宿せない体質であるという事も脳裏には常にあった。…いくら郷に入っては郷に従えとはいえ、女の性如き抱かれて物事が進むのならそれでいいなどと考えてしまうこと自体、この時代にやってきた事によってどこか狂ってしまった事の証なのかも知れない。
『浮世離れした』とは聞こえが良いだけであって、そんなどこか狂った女であるにも関わらず、こんなにも求めてくれているからこそ、むしろはつみの心の尊厳は保たれていた。今、乾に抱かれる事にたいしてはそこまで悲観的な事ではなく、
…それに何より、乾の事も、決して嫌いではない…。
むしろ、はつみがいた時代において『自分を好きでいてくれる人が好き』という言葉がSNSのトレンドになっていた事を思えば、まさにその心理が働いているであろう部分もあった。武市と言う憧れの存在がいながら、乾の事を好きかどうかは、正直『否』とも言い切れない…。今もまた、ぎゅっと手を握ってくれる彼の熱い掌や、耳から首筋、鎖骨までを味わうかの様に舐め回しているその情熱、吐息、上品な香り、そして意外にも優しい言葉と口付けに絆され、この乾との行為に対してむしろ肯定的になっていくのは時間の問題だった。
いや、もう既に乾の手中に落ちたといってもいい。はつみの中で、土壇場で中断という選択肢はもはや拭い去られていた。
はつみが己の情熱に絆され『肯定的』になっている事など知りもしない乾であったが、甘みを感じるはつみの白い柔肌を食み、舐め続けて味わい尽くしていた。特に耳や首筋は弱いのか、そこへ舌を這わせると小さな声で『はぅっ…』と息をのむ声が聞こえ、肩が強張ると同時にきめ細かで健康的な肌につぶつぶと鳥肌が立ち、自分の愛撫に身体が反応している事が伺える。気を良くした乾は敢えてじゅるじゅると音を立て、しゃぶりつく様にして更に首筋、そして耳までも舐め上げてゆく。その独特の甘みを感じながら、何度も耳の裏、首筋、鎖骨、そして胸元へと移動を繰り返し、その内に上着も取り払って更に肌を露出させていった。
「今日はさらしを巻いちょらんがか」
前身頃をはがされ曝け出された胸のあたりに見慣れぬ形の下着が現れ、乾が口元を拭いながらそれに手をかける。この時代の下着では『スースー』しすぎて落ち着かないというはつみが、坂本家の女性たちと協力して作り出した、いわゆる『手製のスポーツブラ』だ。様々に試行錯誤を繰り返し、最終的にはコルセットの要領でセンター部分に紐を編み込む形でブラの役割をもたらしている。当然外し方など知らない乾であったが、直感で、中央部分に見える紐の端を摘まみ上げながら直接はつみに問うた。
「…これか?」
「……うん…」
短くも直結的な問いの内容を察し、耳まで真っ赤に上気した切なげな表情でこくりと頷くはつみのなんと愛らしい事か。乾にすべてを委ねるつもりでいるのだということが伝わり、思わずフと眉毛をあげてしまう。
乾ははつみの顔を覗き込んで率直な気持ちを囁くと、そのまま愛おしく思うがままに唇を重ねた。ちゅっちゅと音を立ててはつみのかわいい舌を味わい開放すると、すっかり蕩けた顔を見せ、目元が潤んでいるのが見てとれる。まだろくに愛撫もしていないというのに…口付けだけでこんなに蕩けた表情を見せる彼女が、思っていたよりもずっと可愛らしくて困ってしまう程だ。そして同意のままにゆっくりと胸元の紐を引き、一本ずつ丁寧に引き抜いていく間もおとなしくして受け入れている姿がやけに乾をそそりたてていく。
胸上の布を繫ぎ止める紐が全て引き抜かれ、もはや被さっているだけのその布をそっと取り払う乾。すると、まるで葛きりまんじゅうの様に艶やかで白い双丘がふるりと揺れながら眼前に現れ、思わず生唾を飲み込んでしまった。身体筋が華奢である上に普段は胸元をさらしで巻き固めているが故にその乳房を拝むのはこれが初めてであったが、手で優しく包み込めば意外にも手のひらから溢れててしまいそうな肉厚さで乾を愉しませてくれ、程よい弾力と吸いつくような感触がまさに病みつきになりそうな美乳であった。まさに悦しむ様に手を動かすその傍ら、はつみは誰にも触れられた事のない女性の象徴とも言えるところを弄ばれ、顔を真っ赤にしながら手当たり次第に掴んだ布団を顔に引き寄せ恥ずかしがっている。
「んっ…や…くすぐったいよ…」
「顔を見せろ…おんしの反応を知りたい」
優しく布団をはぎ取り、その前髪から赤く上気した頬までをするりと撫でてやる。そして滑るように移動させた手を胸元に添え、両脇から胸を押し上げながらゆっくりと全体をこねてやった。指先がその柔肌に心地よく埋もれ、ハリのあるきめ細かな肌は汗でしっとりする事で吸着力を発揮し、掌に吸い付くようだ。指を動かしてやわやわと揉みしだけば極上の触り心地であると共に、頂上で震えていた愛らしい乳首がいやらしくあっちを向いてはこっちを向き、見る見るうちに紅が差して、触れてと言わんばかりに存在を主張してくる。
「ふふ…勃っておるぞ」
「きゃうっ!…ぁ、やぁ…」
「いい反応じゃ…」
たまらず乳首をひとはじきしたその反応にぞくぞくとした悦を覚えながら、乾は『はぁ…』と口を開き、吐息と共に熱く濡れる舌をべろりと乳房に這わせる。乳首には触れず、ゆっくりと囲う様に胸の膨らみを舐め、艶やかな柔肌を堪能しながら食んだり吸い付いたりを繰り返した。甘く、香りもよく、極上の触り心地に乾の愛撫にも熱が帯び始め、はつみはされるがまま、両手で顔を覆っている。感じた事のないぬめぬめとした熱い何かが胸を這う感触にはつみの肌はわかりやすく泡立ち、ふるふると震えながらも、徐々に興奮と感度を高めていた。
「ふぁ、あ…だめだよ、乾…」
触れられる事のない場所を直にまさぐられ舐められる感覚、そしてピンと主張する部分に触れられない身をよじる様な感覚に耐えられず、はつみは両手を顔に押しあて羞恥心に耐えている様だ。乾は構わず、両の乳房をしゃぶるかの様に舐め回すと、可愛らしい薄紅色の突起が鼻先にひっかかりはつみ身体がびくりと反応したのを受け、ようやくそこへの愛撫をし始める。口を開いて舌を伸ばし、熱い吐息を吐きかけながら舌先でチロチロと可愛がってやった。
「あ、あぅ…くすぐったい…はぁ…」
まだ経験のないはつみには乾の愛撫がくすぐったく感じる様ではあったが、くすぐったさの先にある性感に気付きつつある様で時々本能めいた反応をみせるのが非常にたまらない。充分に隆起して存在を主張する乳首に吸い付き、口内でじゅるじゅる、ちゅぱちゅぱと音を立てながらあらゆる愛撫を加える。もう片側には指先でつまんでこね回したり、上からトントンと優しく叩いたり弾く様な刺激を絶えず与える。自分の下でビクビクと反応を示す身体を抑える様にして乾からの愛撫は続いていく。まだはつみの体に触れ始めてほんのひと時しか経っていない。まだまだ彼女の身体のあらゆるところまで愛でて、この他に味わい様のない甘い身体の奥の奥まで味わい尽くす必要がある。体の中心で暴走寸前の熱棒を、その時が来るまで放置しておくのもまた一興だ。
一層強く吸い付いたところでようやく解放し、唾液を滴らせながら顔をあげる乾。唇でもみほぐし舌先ではじく度にぷるぷると弾き返す様な食感を与えていた乳首は、すっかり堅くなっていやらしい程にそそり立ち、だ液まみれになってトロトロと照り返しながら白い美乳の上で存在感を発揮していた。胸元に吹き出した玉のような汗が、はつみが愛撫に感じ入り間違いなく身体に作用していた事を思わせる。そのしっとりと張りのある美乳を再度両手で鷲掴みにし、やわやわと揉みしだきながら、時折指の間からぷんっと張力に逆らうかの様な動きで姿を覗かせる乳首を愛でながら、今度はじっくりとはつみの顔を覗き込んでやった。
「いいな…よい顔になってきたぞ」
「はぁ、はぁ、よい顔って…どんな顔っ…ぁ、ん…ああっ」
今はくすぐったく感じるだけだった愛撫も次第に焦れた疼きに変わり始め、胸を揉みしだかれる度に何とも言えない疼きが胸の中で摩擦を起こしている様だった。もっと欲しくなる様な甘美な感覚で、胸の先端や腹の奥がジリジリとする感覚へ繋がっていく事にも気付き始めていた。『身体がどうにかなってしまいそう』という、性的な経験が殆ど無いはつみなりによく見かけた台詞もあながち嘘ではないという事を、まさに乾からの愛撫によって思い知らされているところだ。
はつみが感じ入っている様子は乾にも当然伝わっており、少なくとも三度の結婚を繰り返しそれ以外にも何度か女を抱いた経験もある乾からしても随分感度が良いと察しながらも、心から好いた唯一の女であるはつみがそのような奇特な淫気を備えていたという事実は喜ばしい事この上ない。
「まだ大したこともしておらぬのに、すっかり蕩けちゅう…」
火照って汗に滲む額に張り付く前髪をかき上げてやると、形の良い眉が八の字に潜まっているのを見ると一段と欲情を掻き立てられる。上気して愛撫に瞳を潤ませるはつみと目が合うと、どちらから誘うでもなく再び深く口付けた。
はむ…ちゅ、ちゅうっ…―はぁ、れろ、れろ…
改めて両手で胸を揉みしだき乳首をこねてやりながら浅く深くと口づけをし、受け入れるはつみが両腕を乾の背中へと回し込んできたのを感じた乾もどんどん身体が昂っていく。おもむろに上半身を起こした乾は、もう我慢がならないとばかりにはつみの細い腰に巻き付いた帯へと手を伸ばした。口元や上半身への愛撫だけで既に蕩けきっていたはつみはされるがまま腰帯を解かれ、引き締まって筋骨隆々な乾の身体が自分の両足を割りながら再び自分の上に覆いかぶさるのを、甘んじて受け入れる。潤み切ったその瞳と視線が重なると、まるで誘われ、煽られてているかの如く雄の欲が刺激された。彼女の淫気は一体どこまで昂りを見せ、自分を…男を高揚の高みへと誘うのだろうと、息を飲んでしまうほどだ。
「…今日は、おまんの全てを攫っちゃるき…」
普段は無骨で感情の表出も少ない乾であったが、脳の奥まで射貫くような熱視線を送りながら、はつみの緩んだ腰帯を抜き取り…ばらけた袴を掴んでずるずると引き払っていく。はつみはこれまでにない程早鐘を打ち鳴らす鼓動を感じながら羞恥心を抑えきれず両手で顔を覆い、下半身を取り巻く布が取り払われて己の秘匿するべき場所が外気に晒され、乾に見つめられるのをひしひしと感じていた。
・
・
・
(中略)(今後サブスクか何かで公開予定)
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・
はつみの感度は申し分ないどころか、完全に特異な体質である事を思い知らされる。いやらしい程に主張をしていた花芯を存分に愛撫した結果、彼女は男からの愛撫で初めて果てると同時に潮を放ち、流石の乾もこれには驚きと共に興奮の表情を禁じ得なかった。愛らしい花弁は滴り落ちる程の愛蜜で十分に濡れそぼり、きつくはあったが乾の無骨な指を二本まとめて難なく根元まで飲み込む程に解れていった。だが彼女の蜜壺の小径をまさぐる中で、指に触れる感触がやけに明確である事を察する。まさか…と思いながらも逸る内心を抑え、はつみの破瓜の痛みが少しでも薄くなる様、丁寧に愛撫を続けてやった。
そしてついに、取引にする程望みに臨んだ瞬間が訪れようとしている。
「はあ…あ…乾……」
仰向けに足を広げるはつみの中心に割り入る形で膝をつき上半身を起こしていた乾が、これまでにない程に主張を放つ己の熱望を取り出し、自分の腹についてしまう程に反り返ったそれを敢えてはつみにも見える様にしてやった。ここまで、まるで自ら枷でも得たかの様に我慢に我慢を重ねて触れる事すら見送っていたそれは、充血しきって血管が浮き上がり、限界まで質量を増した状態でふるふると震えている。その先端からはまだかまだかとばかりにとろみのある濁った液体がじっとりと満ちてはこぼれ落ちていた。
はつみは、人生で初めて目のあたりにした男性のそれが、信じられない程に堅く大きく変貌している事に驚きを隠せない。自分への興奮でその様になっているのかと思うと嬉しくもあったが、果たして彼を満足させる事ができるだろうか…。
「…入れるぞ」
「うん…いいよ…入っ…んんんっ!」
抑え気味に放つ声が、却って余裕の無さを感じさせる時もある。ドキドキと胸を打ち鳴らす心臓の鼓動で目がくらくらするほど乾を意識するはつみは、やり場のない手で両方の頬を抑え包みながらも、乾の顔を見つめ、剛直がみちみちと侵入してくる感覚に集中していた。そんなはつみを眼下に見下ろしたまま、正常位の体制で挿入を続ける乾。先だって、はつみの一挙一動を目に焼き付けるかの様に見つめながらじっくりと行われた下半身への愛撫で肉壁はととろとろになりながらも、小径全体のきつさは生娘特有のものがあった。だがそれ以上に、挿入してすぐに、これが『名器』である事を直感する。
「…ぐ…これは…はぁっ…」
引き締めるてくる肉壁に、襞のおうとつが無数に付いている様に感じる。先ほど指で内壁をほぐしていた際に感じ取った明瞭な手触りは、名器として有名な『蚯蚓千匹』なのではないかと脳裏をよぎっていた。ぬとぬとと愛液をはらみ、侵入してくる熱をそのつぶつぶとした突起でからめとってくるかの様な感覚。充血しきって固く大きく膨らんだ先端の返し部分にまで余すところなくびっちりと入り込み、奥へ、また奥へと向けて押し込む度に、その細やかな突起が入れ替わり立ち代わり刺激を与えてくるのである。これは乾にとっても未知の経験であり、思わず口元に笑みが浮かぶも直ぐに歯を食いしばる程の快楽に襲われて、うめき声をあげてしまう。
「…うっ…ぁ…はぁっ、はぁっ…」
「…乾…どうしたの…?」
耐えられないといった様子で眉間にしわを寄せる乾の表情と声に、お花畑を彷徨いつつあったはつみの意識がスッと戻される。いかにも『途中』といったところまで入り込んできている剛直の存在感に身体全体を震わせながら、『どこか、よくなかった…?』と言わんばかりに乾を見上げている。乾は挿入したままの状態で上体を傾けるとはつみ顔を覗き込み、途端に余裕のなくなった証として額に首筋にと汗を滲ませながら、その滑らかな手を取って自分の頬に押し当てた。熱気が発汗を促すと共に香りをも焚きたてるのか、はつみの鼻腔をまたあの香りがくすぐっていき、脳が甘く痺れる様な反応をもたらしてしまう。
「…なんでもない…いい具合じゃ…」
そう言って、己の身体を支える為に左腕を力強くはつみの脇横あたりに突き立て、彼女を見下ろしながら、再度剛直を深く奥まで突き立てようと、腰を押し込んで行く。
「んうっ!ぁっ…よかっ、た…あ、ぁ…!」
一層大きく膨らんだ様に感じる乾の熱が奥へ迫る程に、脳内に広がる甘い痺れが下腹部全体にじわりと広がっていく様な感覚を覚える。感じ入るはつみを目前で見ているだけで昂って仕方がないの言うのに、柔らかくもきつく締め上げ、尚も淫猥な襞で細やかに絡みついてくる。ここで我を忘れて出し入れをすればさぞ気持ちが良かろうと思いながらも奥へと推し進めた矢先、襞の感触がなくなりにゅるにゅるともっちりした場所に到達した。まだ全て挿入しきれておらず、先端に触れる感触にも覚えがない。ここはまだはつみの最奥ではないだろうと思いながらも、軽く先端をくっくっと押し付けてみた。柔らかく弾力のある何かが確かに突っかかっている様だが…。
「…奥まで来たか?」
「お、く…?」
頭も下腹部も甘い痺れに絆されていたはつみは、辛うじて動かせる理性を総動員して乾の会話に集中しようとする。しかし『ここだ』とばかりに中をぐるりと回され、強い快楽ではないけれどもどうにもまとわりつく痺れが再び下腹部全体を悦ばせてしまう。自分と同じぐらい、もしくはそれ以上に感じ入っている様子を見るのは乾にとっても快感ではあるしもっと悦ばせるつもりでもあったが、挿入が初めてでもある彼女のためにも質問の答えを今は求めた。無理に押し進めて無用に痛い想いをさせる事だけはしたくなかったからだ。
「ふ…後でも十分にえい所を突いちゃるき…。の、まだ奥へは入りそうか?」
「ぇ…あ…わかんない…奥…?」
初めてなので『奥』が何の事なのか、どの部分かも分かっていないのは仕方がない。しかし本能的に、まるで媚薬漬けの脳内や腹部が思考を持ったかの様に『もっと奥まで来てほしい』という淫乱な答えがはつみの口から飛び出そうとする。辛うじて残っている理性でそれを押し留めようとするはつみであったが、察した乾はその無骨で熱い手でそっとへその下あたりに触れてやった。
「―ぅあっ!あっ?それ、いや…んぁあっ!」
『奥』に該当すると思われる部分を外から優しく揉み見込んでやると、中で停滞している乾の剛直がぎゅうっと締め付けられる。何度も自制しようとする興奮をどうしても抑えきれず、しかしやりすぎない様に理性を効かせながら、はつみの反応が良いあたりへ更にぐっぐっと揉み込んでやる。
「―あっ?あっ、なんか…ぁ、―ぅあんっ」
「この辺りじゃ。…もっと欲しい所があるがか」
「あっ、ぁ、わかんない…でも…で、もぉ…!」
挿入をされたまま手でぐにぐにと腹を押される感覚に、じれったいずれがある事を感じる。『もっと…』と甘い刺激を放ち続ける腹部の『奥』という本能のままに、はつみは疼きを堪えるあまり濡れて歪んだ表情で、乾を見上げた。
「おく…奥にもっと、ほしいの…直接、触ってほしいの…」
「―……っ」
とんでもない煽りに、余裕を決め込んで彼女の反応をたのしんでいた乾の方が理性を喪失してしまいそうになる。驚くほどに心臓が脈打ち始め、体中がカーッと熱くなるのを感じた。中に押し込んでいた剛直がひとりでにひくひくと猛りだし、ぐっと質量を増したのを実感する。
「おまん…とんでもない女子じゃな…」
そう言いながら、交錯する視線の距離を縮めるとはつみの方から乾の首に両腕を回して来た。眉を八の字にし、蕩けて潤んだ表情でこちらを見ながら、口付けをねだっている様にも見える。仕方のない奴…などと可愛らしく思いつつも舌を差し出すと、艶めかしく顔の角度を変えたはつみが俄かに震えながらはむっと舌を加え、あまがみしてくる。乾は瞳を閉じその感触に浸りながらも、彼女の願う通りにずっぷりと腰を深めていった。
「―ッ!!!」
下腹部の動きを敏感にとらえるはつみは口づけを離そうとするが、乾が逃がさないとばかりに彼女の頭を支え、更に深くへと舌を滑り込まて口内を舐り犯してゆく。そして下腹部の方も、奥へ押し込む力を加えていた熱の先端が触れていた柔らかな突っかかりをプンッと越え、更に奥へと進んだ直ぐの所でこりゅっとした筋肉質の肉芽に到達する。これが乾の知る感覚であり、『奥』つまり子壺の入口である事を確認した。
「―はぁ……どうじゃ。これが『奥』じゃ…」
「―ぁ…あ…は、あ……」
ぐぐぐ…と長く重く押し付けて、『奥』を分からせようとする乾。しかしそんな事はしなくてもとっくに感じ入っているはつみは、大きく剛直なものがその形をめいっぱいにかたどらせる程に中を圧迫しながら、『奥』の一体何かは分からないけれど『そこ』をぐりっとしてくる度に、自分がどこかへ飛んで行ってしまうかの様な、これまでにない深い快楽の予兆を感じてやまない。一方で、乾ははつみの奥をわからせながらも『その直前の隔たり』が何だったのかを考える。生娘特有の固く閉じられたものではなく、もっと別の何かの様にも感じた。腰を引いて確かめようとした矢先、引こうとする剛直の雁首に厚みのある柔らかな壁がもったりと引っかかり、思わず動きが止まってしまう。それがまるで食い付いてくる様にむちゅうっ―と乾の先端を捉えているのだ。直感的に、先ほど突っかかっていた所を突破したのと同程度の力を込めて引き抜くと、またもや雁首の裏側をひっくり返されるかの様なむちむちっとした圧を感じながらもぐりゅんっと抜け出すかの様な感覚が走る。一体何だ…と再び力を込めると再びプンッとした感覚を以て奥へと到達し、目の前のはつみがぐうっと唇をかみしめて重い快楽にあえぐ様子が見える。
…これは、まさか、もう一つの名器である『蛸壺』ではないかと勘繰る乾。小径の手前過ぎにある蚯蚓千匹も剛直の雁首を捉えればあっという間に男の
精液を搾り取るものであろうが、この蛸壺も、女の奥を突いてやろうと深く出し入れする度に、まるで堪忍袋の緒で絞められているかの様にギュッっと締まったこのぼってりとした肉厚の部分で吸い付き、精を搾り取るのだろう。
人生でひとつ巡り合えたらそれは幸運な事であるとも言われている女の名器だが、まさかはつみが…二つも兼ね備えているとは…。
乾は急にいつもの真顔に戻ると、その一方で込み上げてきそうになる感情を相殺するかの様に、はつみの奥へと熱い雁首を押し付けた。はつみの最奥はまるで細動を起こしているかの様にずっとびくびくと震えながら、雁首がこりゅこりゅと口付けてくれるのをひたむきに待っているという感じだ。押し付ければ喜んで快楽をまき散らし、首元に巻き付くはつみの腕がきゅうっと引き締められ、耳元にはいよいよ我を忘れそうな程に切な気なはつみの嬌声が心地よく響く。乾はより深く、より自分に都合のいい体制で押し貫ける様にとはつみの足と腰の角度を整え、同時に、汗ばんだ甘い首筋へと舌を大きくべろりと這わせた。乾の首筋からはふわりと上品な香りが漂い、がっちりと組付けられた足の間にはぎっちりと根元まで収まった太く固い剛直が、奥深くの一点に至るまでぐっぷりとねじ込まれる感覚で苦しくもあったが、それ以上に体が打ち震える程の快楽、そして期待とほんの少しの不安がはつみの心身を覆う。首筋を這う舌からの刺激も逐一脳と腹の奥へと連動してしまい、まるで全身が甘く弾けてしまいそうな程、どうにかなりそうだった。
「あ、あ…だめ…これっ…!」
完全に押し込められたこの体制で『奥』を突かれたら完全に飛んで行ってしまうと本能で悟ったはつみは、その表情に少しだけ不安めいた色を浮かべて首を横に振り、懇願の視線を乾へと投げかける。突然、いつもの無表情となった彼に対し知らぬ内に粗相でもしてしまったのかとも思っていたが、乾は首筋から次第に顎の裏、口の横へと舌を移動させ、襲い掛かる様な強引さで唇を重ねて来た。沸き起こる感情で掻き消えそうな何かをつなぎ止めようとでもするかの様な強引さで、その懸命さが却ってはつみの欲情を煽る。
―それと同時に、乾はまるで意を決したかの様に奥へと突き立てる律動を始めた。奇特な事に早々に見つけたはつみの一番弱い箇所を確実に攻める様に、奥の良い所をたんたんたんと小刻みに突き始める。その奥への刺激が始まるとはつみの腰は再び怖いぐらいの快楽に満たされ、どれだけ抑えようとしても不意に押し出される様な嬌声が漏れてしまい、身体の制御が効かないほどの波に翻弄されてゆく。
ーずちゅ、ずちゅん、ぐにゅ、ぎゅち…
「あっ、んぅ゛っ!んぁっ」
奥を突く度に一回一回丁寧に押しつぶしてくる律動に、まるで思考を奪われるかの様な快感が身体の奥深くからじわじわと湧き上がってくる。だが一方で、そうやってはつみを善くしてやるという事は、滾りに滾った自分の剛直が彼女の名器によって無遠慮に蹂躙されるという事でもある。
「―ぐっ、あ…はぁ、はぁっ…う、…っ」
これまでに感じた事のない快感が、乾の下半身から脳髄へと駆け巡る。体中から汗を吹き出し、その背中には汗が浮き滴り流れ始めていた。はつみの中を貫く剛直はずぷんずぷんと音を立てながら、その魅惑的でトロトロの肉壁を己の形で押し広げ、より奥に潜り込もうとしと雄々しく突き立てられてゆく。しかしそこには、今にも破裂しそうな程に赤く膨れ上がった雁首が通り抜ける度に、もったりとした圧でぎゅっと吸い付き締め付ける様な『罠』が存在し、彼女の中を長く深く味わおうとすれば、まるで無数の生き物の様なひだひだがぎっちりとまとわりつき容赦なく細部に至るまでしごき上げてくる『罠』にも掴まる。どこを突いても極上の快楽を与えてくれ、抜群の感度で可愛らしい嬌声をひっきりなしに耳元で上げてくれるはつみを狂おしいほどに愛おしいと思いつつも、『彼女はもう手に入らない女』であるという事実と『いずれ誰かが彼女を独占する』という未来に、どうしても嫉妬を覚えてしまうのだ。
―ずぷっ!ずぷっ!ずちゅっ!ぐちっぐちっ…!
「ひぁ!?あっ、ぁ゛、まって、まっ…あぁっ!」
急に律動を速めてきた乾に驚くと共に、整える暇も与えずに『奥』の好いところを擦られ弾かれ続ける快楽を植えつけられ一気に波が襲い掛かかってくる。見る見るうちに追い詰められてゆく感覚に、淫猥な才を開花させつつあったはつみの声にも戸惑い焦る様な色が見え始めた。
「ひっ、い゛ぃっ、そこだめ、そこだめっ…待って、乾っ!あ゛っあ゛ぁっ!」
「―はぁっ、はぁっ、そうかえ、ここが好きか…」
ねっとりとした動きで奥を掻きまわし押しあげてから再び叩きつけるなどして、翻弄される彼女の反応を逐一見おろし、心のどこかで満足感と優越感を覚えながらもやはり乾の瞳の奥には『虚しさ』や『悔恨』が見え隠れする。
…初めて見た時から『恋』に落ちていた。すらりとした美しい姿勢の立ち姿、全てが洗練された美しさ、今生かぐや姫と囁かれてもおかしくはない程に整って、月の輝きの下で寂しげにうつろって見えた。だが口を開けば明朗快活で、女らしからぬ博識さ、視野の広さ、豪胆さを持つ。彼女をここまで好いたのは、彼女が『かぐや姫』だったからだけではなく、己の道を突き進む強い女だと思ったからだ。
その視線を、その声をいつも聞いていたいと思った。ただの性的欲求のはけ口だとか嫡男問題の為だとかではなく、どんな手を使ってでも抱きたい、触れたいと思っていた。
だがもう、この様な取引で交わってしまった以上、もう以前の関係に戻る事はできないだろう。そして恐らく、今以上の関係になる事も無い…。次に彼女を抱く男がいるとすれば、それはきっと、自分以外の誰かなのだ。
そして最後には後悔が残る。
…そもそも、まだ婚姻と言うものには実感が持てないと言う彼女を待つ事無く、武家の事情を優先させたのは自分の意思だったのだ。その自分の選択から、全てが今に繋がっているのだから…。
今だけは、その後悔も含めて、全ての感情をはつみにぶつけたい。
受け止めてほしい…。
そして、彼女の全てが見たい。
ぎゅちぎゅちと搾り上げてくるはつみの名器を前に今にも果てそうな熱棒に力を込め、再びはつみの奥の一点を押し潰して深くしつこく押し回し、その滲み出る様な快楽に彼女が弓なりに背筋を反らせてびくびくとした瞬間をひしと抱き締めた。突発性難聴で聞き取りづらい耳とは逆の良く聞こえる方の耳を彼女の方へと向け、はつみの耳元に直接吐息がかかる程に近くから囁いた。
「…もそっと…声聞かせ……」
「ーっ…!!!」
そして耳の中まで舐りながら、再び腰をぐんっぐんっと押し上げていく。耳の奥そこまで響く吐息とじゅるじゅぱと貪る水音に、はつみの背筋が反ると同時に突き上げられる胸がむちむちと乾の胸を叩きあげていた。乾は開いている左の手でその胸をむっちりと押し押さえ、先端に震えている乳首を根元から搾り上げ、くりくりとこね回してやる。
「―ん゛うぅぅーっ!あっ、はっ、だ、め…だめぇっ、乾ぃ…」
「そら…はぁ…ここが、えいがじゃろう…?」
―ぐっ、ぐりゅっ、こりゅっ、こりゅっ、ごちゅんっ
「あ゛っ、あ、奥、ぅぅ、きもちい…あっあっ、きもち、いいよぉ…!」
「……くっ…はぁっ…ああ…俺もじゃ……」
脳裏を駆け巡る快楽の電流がパチパチと弾ける中で、乾の切羽詰まる声を聴くはつみ。ぎゅうと抱き締めていた手でまさぐるように彼の両頬を探り当てて包み込むと、汗と涙にまみれた蕩け切った顔の上に、何とも言えない切なげな表情を浮かべながら見つめて来た。
「……乾……」
『ごめんね』と言わんばかりの表情に、乾の胸が締め付けられる。
何がごめんねなのか、何故ごめんねなのかを分かるでもなく。
ただ、そんな顔をさせたくない、謝る必要はないのだと唇をかみしめた。
―ぐりゆうう!
「―ぁ゛っ!?それっ…だめぇっ」
奥のこりっとした『大好き』なところを大きく捏ね上げられ、反射的に背筋を反らせるはつみ。相性が良いのか非常に良い角度にきまっており、そこから上下左右へぶりぶりと擦り上げらえてゆく。この子宮から脳天へむかってほどばしる快感で、もはや何も考えられない。
「ん゛あっ、あっ!奥っ♡お゛、く゛…♡らめ…きもぢい゛…♡ん゛ぁうう♡」
「ああ、俺に…もっと見せてみい…ほら、ほら…!」
「ん゛ぅっ♡あ゛っ、いぬい♡あ゛っ♡いく、いく♡いっちゃうっ♡」
本能的に漏れ出るその嬌声を、乾は聞こえる方の耳でしかと受け止めようとはつみを強く抱きしめた。汗でびたびたの身体が密着し、奥の良い位置のままがっちりと固定されたと思った矢先、乾の香りがはつみの鼻腔へするりと入り込む。
「っあ゛っ…♡いぬい…の…いいにおい゛…♡」
「あ…?」
腰を奥にこすりつけながら、思わぬ事を口にするはつみを見下ろす乾。はつみの泣き出しそうな程に極まった表情を見た瞬間、彼女は乾が真正面から見下ろすその眼前で大きくのけぞった。
「す、き…ぃん゛っ!ん゛ん゛んううーーーっ!!!♡♡♡」
―ビグビグビグッ…ビクゥ!プシップシィーッ
「―っ!?うあ゛、ぐぅっ…!」
はつみが生理的に好きだと思っていた乾の『上品な香り』は、今となっては反射的に媚薬の様な作用をもたらすものとなっていた。抱き締められた拍子に直接吸い込む様な形となった際、一気に性感帯が掻き立てられ、そのまま潮を吹き散らしながら果ててしまったのだった。
そして掻き立てられたのは乾も同じだった。はつみが乱れに乱れながら果て行く様子を目の当たりにしながら、不意にぎゅうぎゅうと締め上げられた刺激で急激に射精感が込み上げてきた。歯を食いしばって何とかそれに耐えたが、それでも尚、彼女が何と言って果てて行ったかを再確認する余裕はなく、乾はぐったりとしたはつみの膝裏へ手をまわして押し広げ、絶頂へ向けて本気の体勢をとるしかなかった。息も絶え絶えだったはつみはハッとして乾の肩にしがみつき、また彼の香りを間近に嗅ぎながら、中のものが更に怒張を極めたのを感じる。
「ぁ、あ、おねがぃ…まって…」
「すまんが…もうちっくと、付き合ってもらうぞ……」
はつみの耳元へ直接口をつけて低く囁くと、はつみが大好きな奥ばかりを狙っていた剛直をずるりと引き抜いた。入口から最奥まで一気に攫うかの様な動きで、過去最高潮の怒張を見せる陰茎を勢いよく突き立てる。悲鳴の様な嬌声を上げるはつみに構う事なく、再び入り口まで引き抜いて再び最奥へ…。今にも精液を吹き出さんとばかりに真っ赤に膨張した雁首が覆る度、ぐちゃぐちゃになった無数の淫猥な襞が凶悪なほど丁寧にまとわりつき、奥手前の一部突起した肉厚が一層強く吸い付いて甘い負荷を加え、容赦なく愛撫してくる。もはやたまらない、とはまさにこの事だ。そしてこの長い小径を行き来する律動を、乾は『自分を追い詰める覚悟』を決めたかの様に繰り返し始めた。
―ぐにゅ、ずちっ、ずちゅっ、ずちゅっ
「あっ、んぁっ…だめっ、んぅっ♡んん゛ぅっ♡」
動きを再開すると同時に、はつみの腰が浮き上がって早くも腰が震えはじめた。もはや彼女の蜜壺全体が性感帯となっていて、何処を擦ってもうまそうに乾の剛直を咀嚼する様に動き締め付けてくる。特に奥はやはり好きな様で、入口から長い助走をつけて一気に押し込まれるとその度にビクン、ビクンと腰を引くつかせている。もはや身体は理性で制御出来る状態ではなく、そんなはつみの姿にも、乾はますます獣じみた興奮を煽られていた。
「―ぁっ、ぁぁっ…ぐぅ、これは…ふ、ぅ……っ」
乾は眉を寄せて小さく唸ると同時に歯を食いしばり、体重をかけて上から叩きつける様な激しい動きを繰り返す。はつみの反応を楽しむような余裕はなく、まるで電流が駆け抜けていくかの如く、遡ってきた大量の精液が奥の方からぎゅるぎゅると渦巻ながら尿道を擦り、せり上がってくるのを感じていた。
―ぐぽっ、ずぷっ、ずちゅんっずちゅっーたんったんったんったんっ!
「―ひぐぅっ!んあっあっ♡はげし…激しいよっ♡あっ、あっ♡奥♡奥にっ♡とどくぅ♡っんんんっ♡」
「ああ…奥も、他の所も全部っ…俺ので覚えさせちゃろうっ…」
「うん♡うんっ♡あぁっ、あっ、あ゛ぁ!いく、いっちゃう…っ」
「あ゛ぁ…はぁ、はぁっ…はつみっ…出すぞ…!」
「は、はいぃ…んっん゛っ♡、きて…きて、乾…っ♡」
乾の追い詰められた様な声に呼応して、はつみが自分を迎え入れるかの様な笑顔を見せた。その途端、一気に精液が駆け上がり、乾の身体が一瞬硬直すると同時に最奥の突起へ思い切り先端を押し付けた。その直後、限界の限界まで赤く膨れ上がった雁首の先端から躊躇う事なく大量の精液を解き放つ。
「う、ぐぅっ!」
―どびゅるるるるっ!!どびゅーっ!どぷっ、どくんっどくんっ!!
「ひぁっ!?あ、ああぁぁ……っ!!」
びくびくと脈打ちながら熱棒が跳ね上がり、重たい精液を次々と吐き出していく。勢いを殺す事無く長い射精が続き、放たれた精液が最奥に叩きつけられる度に、はつみは蕩けた顔で喉を反らし、切れ切れの嬌声をあげた。今こそ積年の想いと共に彼女の中で解き放たれようと、とまらない射精感と共に彼女の中へとぶちまけられていく。これまでに到底感じた事の無い深い快楽から、理性など金繰り捨てて身もだえしてしまう程だった。
「…はっ…はぁっ……かはっ…!」
びゅっびゅっ…びゅるっ
「あっ…あつい…いぬいの………んぅ…」
注ぎ込まれる精液の熱さに感じ入るはつみへ、余裕もなく愛し気に口付けを落とす。いっそ孕んでしまえばいい―そう思うほどに、彼女の唇を舐め舌を吸いながら、全てをはつみの中へと注ぎ切る。はつみも、散々苛め抜かれて絆され下がり切っていた子宮に熱い精液が注ぎ込まれる事によって、子宮を中心とするその周辺全ての臓器がぎゅううっと収縮し、また細動の様にびくびくびくっと震えて快楽を巻き散らす。なんとも甘く、そして深くじれったい衝動をはつみの身体全体へともたらしていた。
遠くなる意識の中で目が合った乾は、好きな女を雄々しく見つめる様な…男の視線だった。どこか切な気な色を含んでいたが、はつみにはそこまで深く思考する力が、すでに残されていなかった…。
「―あっ…」
気が付くと、裸のまま布団に沈み眠ってしまっていた様だ。既に羽織に足袋まで着込んだ乾の姿がすぐ傍にあり、情緒的な雰囲気をもたらす部屋の小さな灯りしかない薄暗い部屋の中で、じっとはつみを見つめている。咄嗟に起き上がろうとしたのだが、身体の疲労が凄まじくすぐに起き上がる事ができなかった。それを見越した乾が、いつもの調子で声をかけて来る。
「この部屋は明日の昼まで取っちょる。…無理せず眠れ」
「う、うん、ありがとう…」と返しつつも、自他共に認める程の分かりやすい『上の空』な声色で返してしまった。先ほどの体験はまるで夢の様であったが、この身体の疲労感や汚れ方は夢ではなかった事を物語っている。それなのに乾の落ち着きっぷりはどうだ…?彼はもう、『切り替えた』のだろうか?―いや、ごちゃごちゃ考える前に、今回の事は『取引』だったのだから、『きっぱりと切り替える』という事自体は正解であるのだと自分に言い聞かせる。
だが実際には、二人の関係性について重くとらえているのは乾の方である。『きっぱり切り替えた』のはあくまで表出する部分においてのみの対応であり、寧ろその点に関して言えば『この時代における女性の性を逆手にとって武器とする』などと考えていたはつみの方がよっぽど『割り切っている』と言っていい。要は、はつみの中で今回の事は『取引』であったという『大前提のもと』、乾が今回の事をどう思ってどう出てくるのかを気にかけ、あるいははつみ自身が自己嫌悪を抱いているのであって、そんな事にもはつみは気付いていなかった。
布団を抱き締め胸元を隠す様に寝返りを打ったはつみは、じっと乾を見つめる。乾ははつみが目覚める前も目覚めた後もずっと彼女の横に座り、彼女の顔を見つめていた様だ。目が合うのを受け、小首をかしげて見せる。
「……なんぜよ」
「あ、いや…なんぜよ…って、私も思ってる。」
土佐訛りを引用して率直に返してくるはつみをじっと見つめ、この状況に置いては良くも悪くも『ああいえばこういう』で『いつも通りに近い』様子を見せてくれる彼女に、同じく乾らしい戯れの言葉を返してやる。
「まだしたいのか?」
「―ちっ、ちがうよ!」
「俺はしたいと思うておるが」
「―っ!?」
はつみが顔を赤くして硬直し言葉を失うものだから、却って変な沈黙が二人の間に流れてしまった。乾は相変わらず真っすぐな視線で表情を変える事無く、はつみにとっては状況が状況であるのに加えて内容が内容なのもあって、結局本気なのか冗談なのかさっぱり分からない。
「…まあ、あの様子ではおんしの身体が持たぬであろうな。」
「な、何言ってるの?セクハラだよ、セクハラ…」
「せくはらとは何じゃ」
情況にそぐわない下ネタに顔を赤くし布団にうずくまりながらも、これってもしかしてピロートークのようなものでは…とも思うはつみ。乾なりに事後という事で気遣ってくれているのだろうか?冗談だとしても『まだしたい』と言ってもらえた事は、何だか妙に嬉しいと言うか安堵の気持ちが湧いてくるというか…いや、罪悪感が薄まったと言えるだろうか?大変な願い事を叶えてくれたその対価として、権力も金も持ち合わせていない自分が、彼が望むものを提供し満足してもらう事ができたのなら、と…。
こんな考えもまた、実際にはすれ違いを生んでいる訳なのだが。
「これにて取引は完了じゃ。」
一呼吸おいて空気を切り替えた乾が、姿勢を正しながら宣言する。少し寂しさを感じるのはきっと自分だけで、彼はしっかり割り切っているのだな…と思うはつみ。だがそれを冷たく思うのではなく、むしろそうやって何時いかなる時、いかなる相手であっても『大義』や『目的』を見失わず、的確で公正明大な言動を紡ぐことができる事こそが、彼の凄い所でもあるのだと受け入れる。そんな大きな勘違いをしたまま、はつみは乾に向かって同意を示す様に頷いていた。
改めてはつみを振り返り、しかしにわかに逸れた視線をやりながら彼は言う。
「…何ぞ、今の内に言うておきたい事はあるがか」
乾の問いには、一縷の望みが込められていた。それは彼の心の奥深くに秘めた想いであり、隙間を埋めるための言葉が欲しかった。彼女が何か感情の一端でも見せてくれるなら、取引前の関係に戻れることは無くとも新たな関係を築けるのではないかと、淡く手ぬるい期待を抱いてしまっていた。
しかし、その思いははつみの一言でかき消される。
「……乾…ありがとう…」
「…ああ。」
「………ごめんね……」
「………」
最後の言葉に、乾の眉がわずかに歪む。だが暗がりの室内でははつみに目視されずに済んでいた。
乾の脳裏に浮かんだのは、行為に及ぶ最中、快楽の果てを極める直前に察した彼女の心の声だ。あの時は思考が乱れ切っていたのもあり自分の思い込みだと思っていた。しかし、今、彼女の口から改めて聞いた事で、あれは思い込みではなかったのだと…逆に胸が締め付けられる様な感覚に陥ってしまう。何故『ごめんね』なのかを理解できない。…理解したくない。
「………何故、謝る。」
『ごめんね』に対する言葉が見つからず、無理矢理紡ぎ出した言葉。しかしそれもまたはつみに取って見れば、冷静で端的なその言葉は『互いに価値のある取引として割り切っている事なのにいつまで感情的になっているのか』と言われている様にも感じた。思わず閉口するはつみの様子を察しつつ、自分が放った『何故』に対して答えを聞きたかった訳ではない乾は、直ぐに次の言葉を放った。
「謝る必要などない。」
そう、
『これは取引だったのだから』
『互いが望むものを提供し合えた事で、この取引は既に完了したのだから』
結局、この概念の元に二人の思考は集結する。
『取引』とはいえ、互いに私情を挟み過ぎた結果だった。
取引の為に無理をさせたであろうと相手を思い、それ故に自己嫌悪し、更に相手の言葉に耳を傾け心情を慮ろうとした結果、『相手もきっと、取引だったのだからと割り切っている。これ以上は触れない方が、互いの為にもよいのでは…』と、自らの心に割り切りを持たせる二人。
しかしそこに至る考え方や感じ方に決定的な相違があるせいで、一見同じ結論を出した様であっても向いている方向が違う。二人が取引前の健全な関係に戻れる事はおろか、このままでは真の意味で再構築されていくという事さえも難しいだろう。
「…うん…そうだよね…」
「……」
これで話は決したとみなし、乾は無駄のない動きで暗闇の中に立ち上がる。『まだしたい』と言っていた言葉通りか、彼ははつみとは違ってまだ身体の方に余裕がある様だ。はつみは事ここに来て乾の『いかにも事務的』な反応に傷心にも似たような心持ちと不動の身体のせいで布団に伏したままであったが、乾は構わず、軽く身なりを整えてから肩越しにはつみを振り返る。
「…俺は先に帰る。駕籠を呼ぶよう手配しておくき。使え」
「…うん…」
まるで、男女の情事の後で男が女に対し淡々とタクシー代を置いて去っていくという不倫ドラマの様だと思いながら、うなずくはつみ。かたや乾の内心としては、自分でも目をそむけたくなるような女々しさではつみへの未練を断ち切れずにいるというのに、それを表に出す事は武士の誇りが傷つくとも考え、その上で考えられるのが『駕籠を用意して安全に帰す』という事だけだった。加えて、一歩踏み出した所ではたと立ち止まり
「……文を出す」
と伝え、去っていった。
※仮SS