5月。時世の煽りと共に容堂公への建言がきっかけで失脚した乾は、藩政へ返り咲く事以外にももう一つの『やるべきこと』を家の者達から急かされていた。…乾家の嫡男をもうける事である。
正妻の鈴との間に生まれた長女・兵は早3歳となっていた。鈴とは折り合いが悪い訳ではなく、近年は江戸および京赴任で家を空けたが、こうして戻ってからは再び夜伽に励んでいる。しかし失脚の憂き目に遭い、勤王派として誼を通じた土佐勤王党・間崎哲馬らも間もなく処分が下され、どうする事もできない。そして何より、はつみの事も割り切れず…。腐っていても仕方がないと思いながらも、乾は鬱屈としていた。
そんな矢先、江戸詰中にも容堂公から『紹介』を受けた久川晋吉という上士と、その姉牧野が待つ料亭へと足を運ぶ。乾家存続の為にも嫡男を早く産ませる事。正妻が生まぬのなら妾に孕ませればよいという、容堂公たっての思し召しであった。正直全く乗り気ではなかったのだが、牧野と会った乾は図らずも火が付き、呑んだ勢いで一夜を過ごしてしまう。
「乾様…」
「乾、と呼んでみい」
「そんな、滅相もない事に御座います」
「構わん。俺がいいち言うちょる。」
「……乾……」
「…っ」
…声の感じが、少しはつみに似ている…。武家言葉や土佐の鈍りさえなければ、その声に耳元で「乾」と呼ばれれば、腹の底から湧き上がる情熱が下半身の中心から主張をし始める。
声がはつみに似ている。
ただそれだけの理由で、欲情を抑える事ができなかった。
(牧野、懐妊する)
※仮SS