仮SS:女傑評議11


土佐きっての武力倒幕派会議が解散となった後、小笠原が佐々木にコソコソと肘打ちする。小笠原の妙な目配せに気付いた佐々木は直ぐに何の事かと察した様で
「あ~」
と目を泳がせた後、『自分もこのテの話は得意ではないんだが』『ええからはよ、聞け!』とコソコソと目配せし合った後にようやく、わざとらしい咳払いをしてから乾に声をかけた。


「あー、乾よ。俺はこの後すぐにでも京へ行くき。」

「おう。斬られんよう気ぃつけや」

 ざっくりとした乾らしい返しに苦笑する佐々木は、また小笠原と視線を合わせ、肘で小突かれた後で仕方なさそうに話を続ける。

「あ~、その、桜川はどうしちゅう?」

「(ヘタクソ!!!)」

 あまりに直球すぎる佐々木の問い質しに小笠原が心の中で悲鳴を上げる。乾は顔色一つ変えないが腕を組み、顎を触りながらまっすぐに佐々木を見やった。

「…知らん。なぜそがな事を聞く?」

 一見は不動の表情ながら、動揺…というよりは心が揺さぶられたであろう気配を察知する事ができる。佐々木を押しのけた小笠原が、神妙な顔で乾の『跡取り』について言及する。

「大義の為に身を投げ打つ覚悟は見上げたものじゃが、おんしは家の事も考えねばならんがじゃろう。」

そう。乾にはいまだ男子の子が誕生していないのだ。一般的にも跡取り息子の誕生というのは家主の大事な使命の一つであったが、それは良家の武士であればあるほど重くのしかかっていく使命でもある。その最高峰が、幕府江戸城大奥の存在や国全土を巻き込む将軍継嗣問題などに見る将軍家のお世継ぎの誕生に見られる程の、責任重大な事案なのである。


現在、乾には2人の娘がいる。一昨年、はつみに声が似ているというきっかけで関係を持った久川晋吉の姉・牧野が子を産んだが、次女であった。正妻の鈴との間には2人目の子はまだ出来ておらず、途中約2年に及ぶ江戸詰め期間もあった為、乾の後継ぎ問題は水面下においてかなり逼迫した問題ともなっている事を小笠原たちも案じていた様であった。

乾はため息をつき、その事なら先日、土佐藩医師・萩原復斎の娘・薬子を抱いた事をしれっと伝える。しかしそれも結局は、5月に京で対面した者達とはつみの話になった事が原因で忘れたくても忘れられずにいた色情に抗えなかった為である。容堂付の医者の娘という事で以前から顔見知りであり、甲斐甲斐しい娘であった薬子を抱いてしまった…という状況。しかし見方を変えれば、容堂を含む周囲の者がいまだ嫡子のいない乾に薬子との逢瀬を仕向けたとも考えられた。皆が彼の後継ぎ問題を気にかけているのだ。

「桜川は妾にせんがか?」

「…あれは子が産めんそうじゃ」

 はつみを妾にしないのはそんな事が理由ではなかったが、早々に切り上げたい話題でもあったのでそう応えた。気を遣った彼らは跡取りの事を気にかけつつも話題を取り下げたが、彼らの気遣いも間違っている訳ではないと乾も重々承知している。武家の主にとって嫡男の誕生は責務であり、乾は当主となって早7年、齢も30となったが、その責務はいまだ果たせていない。


…妻や妾達に何かしら不満がある訳ではない。


だがそれ以上に、この期に及んでもまだ、はつみを正妻に迎えたい、独占したい等と考えている未練たらしい自分の一面に辟易とする想いであった。




※仮SS