仮SS:一日千秋


イカルス号事件の対応のため、急遽京から帰藩した佐々木は、同じくイカルス号事件対応のために土佐へやってくる英国公使艦隊に備えて須崎湾岸に配備された士格別撰隊、軽格別撰隊を指揮する乾と再会した。

乾はと言うと、当然海防に対する緊張感がある一方で、後藤象二郎の仕事の雑っぷりが招く『現状』に不満がある様だった。乾はこの初夏の頃に中岡仲介のもと小松帯刀らと会い、武力倒幕における薩土密約を締結した。しかし後藤象二郎の方も薩土盟約というものを薩摩と結んでおり、土佐としてはこの盟約を以て薩摩に大政奉還案を認めさせたはずであったが、よくよく見返して見ると建白案そのものに力を入れるあまり薩摩側が提示した『出兵』について深く吟味することなく、その条約の中に盛り込んでしまっていたのだ。然るべき時に土佐が出兵し進発を果たすというのなら、大政奉還をしようが薩摩としてはどうでもいいのであって。この『出兵』が盛り込まれた大政奉還案を土佐・容堂が受け入れたという事を、薩摩や乾、中岡らがおおいに喜んだのはとんだぬか喜びだったという訳である。後藤のいい加減な詰めの甘さのせいで、結局は『大政奉還案は採用するが出兵の項目を削除する』という通達を薩摩にしなければならなかった。

「ぐうの音も出ん。あやつのせいでとんだ大恥じゃ…薩摩は呆れかえっておるぞ」

―と、不動であるはずの表情に怒気を滲ませている。
その上後藤本人はと言うと『ボク自身も困っちょる』などと言っているそうで
「あやつめ、ガキの頃からそげな所があったじゃろう。まっこといい加減な奴ぜよ…!」
 などと、本当に珍しく不満たらたらな様子の乾であった。


「確かに後藤のどんぶり勘定には毎度振り回されるのお。まあ一先ず置いておいて、おまんに手紙じゃ」
「なんじゃ、こがな時に改まって…」
 話は変わって、佐々木がはつみから預かった手紙と共に彼女の話しを持ち出す。眉間にシワを寄せていた乾の表情が解放されるや否や佐々木の手元へと釘付けになり、素知らぬ様子で手紙を受け取る。そして「ふーん。で?あやつはどうしちょった?」と、あくまでついでとでも言わんばかりの飄々さで佐々木の話を聞いた。

彼女は今、須崎沖に浮かぶ土佐帆船・夕顔丸に乗船中だ。龍馬と共に彼女の上陸も認められておらず、海上で待機しているという。京からこちらへ来る直前にあの中岡とやりあった事、更にここ1年あまり長崎の英国商人グラバーの下で研鑽を積んでいた様だ、など、見知った事を全て伝えてやる佐々木。乾は相変わらず「ふーん」といった素振りであったが、佐々木はそんな彼が今度は手紙を読みたがっているのを何となく察し、『城へ急ぐ』と言って彼を開放してやるのだった。彼に伝えるべき事は他にもあったのだが…今は手元の手紙を先に見せてやるべきだろうとも考えての事だった。


佐々木が忙しそうに去っていったのを見送った乾は、潮風が当たり須崎沖を一望できる外に出ると手紙を広げる。そこには『はつみ構文』とも言える独特な彼女の文章、文字が並んでいた。

乾の昇進祝いから始まり、土佐勤王党の人達を開放してくれた事への礼、そして、他の勤王党員らと同じく罪を解かれたと聞いた以蔵の事が綴られている。


『私や龍馬達が目指そうとしている大政奉還案は乾達の考えとは微妙に違うのでこんなことを頼めた筋じゃないとは重々承知で、お願いしたい事があります。どうか、以蔵くんを気にかけてあげてください。彼と話し、彼に相応しい場所を与えてあげてください。

 勤王党の人の中には以蔵くんの事を『何もやらなかった』『土佐勤王党ではない』と言う人もいるかも知れないけど、彼は武市さんから命じられてずっと私の警護をしてくれていました。時代に名を刻める剣の技量を持ちながら時代に埋もれて行ったのは、私を守ってくれていたからです。

 そしてその剣はきっと、今となってはもはや剣ではなく銃へと成り代わってゆくこの世界で、土佐や日本を守るために活かされる最期の剣となります。

 以蔵くんは他の人が成し得ない様な変化をその人生に見出し、今、生きています。彼がどう変わったのか、『上下一体』とは、『一君万民』とはどういう事なのかを、どうか乾がその目で見て確かめ、そして乾が彼に、土佐勤王党に、全ての国民に示して欲しいと強く願っています。宜しくお願いします。』


最期まで一気に読み終えた乾は、文から目を離し遠くに見える夕顔丸へと視線を投げかけた。

そして

「それだけか。…まったく…」


―と、人知れず苦笑するのだった。









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