料亭の一室にて軟禁状態のはつみ、後藤らの訪問を受け、在京中見聞きした事や神戸海軍操練所での事を聞かれる。
聞かれた事を答えた後、寅之進について尋ねると『はつみの護衛役』を解かれはしたが牢に入ったり処分が下された訳ではないと返される。だがそれならば、彼が現れないのはおかしいと述べる。『何か用事があるんじゃろう』という適当な返答がはつみの怒りの炎に油を注いだ。何かいわれのない処分を与えたか、行動を制限する様な指示を出したのではないかと突っかかる。
後藤らが退席した後、寅之進が心配で仕方なくなったはつみはまさに『神頼み』の思いで総司の鳥笛を吹くと、窓際にルシが現れた。
「ルシ…!来てくれてありがとう…本当に賢い鳥だね…!」
周囲にはバレていない事を確認。はつみは寅之進になら伝わるであろう『I am fine.』の一文を書き記し、ルシの脚に巻き付ける。
「お願い、寅くんを探して…」
と願いを託し、ルシを送り出した。
一方、乾は数少ない勤王派の仲間に声をかけていた。かつて共に勤王たらんと誓い合った小笠原唯八と佐々木三四郎、そして上士きっての尊王攘夷派である谷干城、誼を通じた信用できる下横目ら数人。そして口が堅く信用できる真面目な下男を紹介してもらい、『永らく留守にしていた家の修繕や自宅待機の世話役』として寅之進が直接雇ったかの様にみせかける形で派遣する。これで、直接会わなくても寅之進と連絡が取れる様になった。これは柔軟な対応を取れる事でも知れる佐々木による提案であり、姑息を嫌う乾ははじめ『卑しい事など何もない』とこの策を渋ったのだが、
「桜川はつみの身を案じればこそ慎重にならねばならんじゃろ。牢獄の武市をみろ。」
と、ついに乾を説得せしめたものだった。
そうこうして秘密裏に乾と通じていた寅之進の下に、はつみの白き隼ルシが姿を現す。
「おまえ…ん?その足、見せてごらん…!」
やはり大変賢い鳥であり、はつみが託したであろう手紙がその脚に巻き付けてあり、それを届けに来てくれたのだと察する寅之進。はやる気持ちを『I am fine.』と書かれていた。寅之進はこれをすぐさま、乾が寅之進の身辺に忍ばせている下男へと通達する。受け取った乾は信頼できる者を動員し、こちらに動きを合わせている気配すらある白き隼が旋回するあたりの建物を、周囲から怪しまれない様、後藤らから放たれた下横目らが見ていても分からない様にさり気なく捜索。内情を探り、そしてついに、はつみらしき人物が囚われているという料亭一室を見つけた所で更に数名を上手く出入りさせる様にした。
寅之進は『We are too. T.I&T.I』と書いた紙をルシの足に括りつけて空へ放つ。自分のイニシャルだけでなく乾のイニシャルも書き記したのは、素直にその必要があると感じていたし、乾の事を信用していたからであった。
乾自身が突入するまでの手筈を整える間も、内情を見聞きした者の報告が随時あがってくる。はつみの部屋には毎日の様に後藤や寺村が訪れ、京や神戸での事、周囲との人間関係などについてもつぶさに聞き出している様であった。場所は和やかな料亭の一室ながら、さながら毎日が詮議・取調べそのものである。
連日、後藤や寺村らが訪ねて来ては2,3『聴取』をして去っていく。当然はつみも、寅之進の身の安全確認以外にも坂本家や乾との面会などを要望するが、一向に聞き入れてもらえない状況が続く。そして自分がこうして囚われている理由についても、明確な返答がないままはぐらかされ続けていた。
こちらが『自分や寅之進に何の容疑がかかっているのか』と聞けば『今取り立てて言うべき事はない』などと言って絶対に話さないくせに、その寅之進の人間関係については尋ねてくる。乾との関係なども尋ねられた。彼との事については、江戸で彼を通じて容堂公のお目見えになった事を隠す事無く伝えたのだが、これを聞いた後藤や寺村らには途端に閉口する様子が見られた。容堂公の名が出た事で深堀する事をやめたのか、何が理由で彼らの口を閉じさせたのかは分からないままであったが、とかく勤王派であった乾が失脚させられているであろう事は歴史としても心得ていたので、何も話してくれない後藤や寺村には心底苛立ちが募っていく。乾が、歴史の特典の様な存在である自分と深く関わった事で歴史上にはなかった動きを多くとらせてしまっているのも事実。故に、歴史上にない、想像もつかない事態になっているのでは…と、連絡がつかない乾への心配も募っていった。
そんな折、後藤達が退室した夜も深まる頃、はつみの部屋の前にルシが停まる。その脚には寅之進のものと思われる紙が巻かれており、『We are too. T.I&T.I』と書かれてある事を確認した。安堵に顔をほころばせ、へなへなと腰を落とすはつみ。だが、文末のイニシャルについてはすぐ寅之進のものであると察しがついたものの、もう一つの『T.I』については何らかの暗号かと思う程察しがつかなかった。少し考えてやっと『退助 乾』のイニシャルであるとひらめき、聡明な寅之進が乾の事を心配していたはつみの心境を慮って追記してくれたのだと理解した。いや、そう思う事にした。
ひとまず、互いに無事である事がようやくわかった。何とかしてこの状況を変えて行かなければ…と、疲弊する心を奮い立たせて思案する。
翌日、夕刻前頃になると性懲りもなくまた後藤が姿を現した。はつみは後藤に対し勝安房守や宗城公からの容堂公宛の手紙はどうなったのかと詰問する。
「然るべき所へ届け出た」
「容堂公は目を通されたんですか?高貴な方達の手紙を適当に扱って、容堂公に届いていらっしゃらなかったら大変な目にあうんだからね!」
「なんじゃ、俺を脅す程度の気概はまだ残っちゅうか。さすれば戯言はここまでにして、また質問に答えてもらうぜよ」
自分達の質問ばかりでこちらの話には殆どまともに応えない後藤らに、苛立ちが募る。だが、押し黙って全てを拒絶するには、周囲の事があまりにも不透明で、状況を悪化させてしまうかもしれないと思うと思い切った事はできずにいた。それでも不信感を露わにしきった辛辣な態度であり続ける事に対し、後藤からは「そんな事では罪を得ずとも身を滅ぼすぞ」と諫言を受け、ますます歯がゆい思いをするに至る。後藤にしてみれば女子相手に軽く叱りを入れたつもりだったが、そのような言い草は、今のはつみには神経を逆なでる以外のなにものでもなかった。
「身を滅ぼすって何?こうして話をしているだけで『不敬罪』ってことにして一方的に殺すって事ですか?」
「そういう事ではないぜよ。少し落ち着け」
『不敬罪』とは、はつみが知り得る歴史通りとなればこの先武市が申し付けられる事になる理不尽極まりない罪状であった為、余計に頭に血がのぼってしまう。
後藤が去った後も、深夜に至るまで、はつみはずっと一人モンモンとしていた。寅之進に手紙を飛ばしたい気持ちもあったが、長文を送るのは危険ではないかとよぎる。いかようにもし難い感情に押しつぶされそうで、明日もまた後藤や寺村がやってきて同じ事の繰り返しなのかと思うと、もう悔しさや苛立ち、不安、心配…心を病む様な思考しかできなくなっていた。
部屋の中で一人突っ伏せて泣いたその時、後藤らの見張りの目を掻い潜り一人の来客が現れた。
乾であった。
※仮SS