仮SS:像愛の果てに
R15


12月。薩長同盟の機運が高まる頃。武市の訃報を受けて以来ずっと不安定な精神状態であった柊が、ある晩、白石邸で宿泊中のはつみを襲った。

 背後からはつみの口元を塞ぎ、背中に自らが刻んだ傷跡を『すまない』と言いながら愛撫して、泣きながらはつみを抱こうとする。
おかしな音に気付いた下男が、不自然に空いたままの襖から中を覗き見た事で、はつみが柊に組み敷かれている事に気付いた。始めは柊が夜這いに来たのかと思ったが、しかしはつみの嫌がり方が異常であったし、執拗に口元を塞ごうとする動きも異常だった。下男は同じく宿泊中であった内蔵太の元へ行き、非常に困った様子で言葉を選びながら伝えようとするその最中、事案を察した内蔵太が肌襦袢のまま部屋を飛び出して駆け付け、はつみの部屋に押し入ると柊を殴って捉えたのだった。はだけたはつみの背中には柊の精液が散布し、肩や背中には歯形や口吸いの後が残されていたが、はつみがただ静かに首を横に振ったので、恐らく『最後』まで致す事はなかったのだろう。彼女の身体を吹いてやると、もうすぐ駆け付けてくるであろう桂らと対面する為に、柊を中庭へと引っ張っていった。

 すぐに使いが放たれ、桂や高杉も駆け付ける。柊は『殺してくれ』と涙している一方で、内蔵太は自らが頭を下げながら柊を叱責しながらも庇う姿勢を見せていた。元々精神的に不安定な所があり誰かに依存する性質があると見ていた為なるべく共にいようとしていたが、桂に仕えるという遣り甲斐を見つけ、離れた所に武市先生の訃報があった…庇い切れなかった、と。この時はつみが桂に視線を投げかけ、桂は自分達の関係が柊の最後の糸をちぎれさせてしまったのではないかと察した。その3人の様子を見て、高杉もまた桂とはつみが萩で何かしらあったのだと察する。

 内蔵太は真摯に話を続ける。はつみには怖い思いをさせたが、柊も常に精進しようとしていたし、傷つけたはつみに報いようともしていた。はつみは柊が謝りながら背中に触れていた事を思い出し、そして自分も柊もそれぞれに武市の事を敬愛していたと思い出す。
 
武市の訃報以来不安定だったのははつみも同じで、だからこそ、桂との関係にも自制を利かせる事ができなかった。柊にとっては、武市に続いて桂をも奪われた様な気持ちになった。しかしそれだけではない、はなから、柊ははつみに心を奪われていた。決して自分の者にはならない人であり、自分が敬愛する人が彼女を愛していると知る事で、誰に向けたかも分からないほど絡み合った嫉妬が常に渦巻いていた。

もう、自分が分からない。
誰の為に、何のために、何をしようとしているのかも……。


はつみは柊を許すと言う。

「…また俺を許すというのか…何度もお前を傷つけたのに…」

はつみは首を横に振りながら

「柊くんなら、きっとわかるでしょ?…私も、どこか壊れちゃってるから…自分でも自分が分からない気持ち、よくわかるよって言ったら、柊くんに失礼かな……」

 と、悲しく消え入りそうな表情で返す。彼女の言葉には自分にまつわる様々な異性関係に対する己への皮肉が込められている様だった。そんな事を言わせてしまう理由として身に覚えのある桂は閉口し、内蔵太と高杉はただじっと、事の顛末を見守っている。


「でも、なんでだろう柊くんの事、嫌いじゃないから…嫌いになれないなって思ってた理由が、今、わかったから…。」


 高杉に至っては、かつてはつみの背中に傷を負わせた下手人が、この柊であるという事を今になって察するところであった。下手人について、はつみが頑なに『もう終わった事だから』と閉口していた理由がやっとわかった。
相手はこんなにすぐ近くにいた。はつみの側にいる者がこの事実を知ったなら、柊に報復を考えた者がいたかもしれない。そしてそれは、当時の自分や伊藤が聞いていたなら、何らかの行動に出ていたかも知れないとも思う。はつみは『もう話の付いた』柊を心底慮って、箝口令を敷いていたのだ。

 はつみの慈悲深い言葉に嗚咽を漏らして泣き始めた柊であったが、その嗚咽が収まった時、突然短刀を取り出して自分に突き立てようとした。不安定な彼だけにこうなる事を予見していたのか、凄まじい反応速度で対応した内蔵太が自分の手を斬りつけながらも彼の自害を阻止する。
「
―馬鹿野郎!!!!!!おまえ…こがなことで軽々しく死のうとするな!!!!!見事最期まで戦い抜いた武市先生に何ち申し開きするつもりじゃ!!!!!!」

 切った手元から血が流れるのも気にせず、内蔵太は桂とはつみに対して勢いよく頭を下げる。

「…すまん、はつみ。そして桂さん…!…俺が言えた義理でないことはようわかっちゅうが、こいつの処遇を、俺に任せてはもらえんですろうか。」

「…何か、考えている事があるのかい?」

 困惑しながらも優しく尋ね、懐紙を渡して止血を促す桂に、内蔵太は姿勢を戻し真っすぐに言い放った。

「蝦夷に知り合いがおります。もしこいつに、罪に報いろうとする心がまっことあるんじゃったら、ここから蝦夷までを一人で旅し、その中で自分の心と向き合ったらええ。…幼い頃、上士にたかられるご両親を守りたいちいうて、おんしはその学問の才を伸ばしたがじゃろう。…見てみい、そうやって自ら始めた事が、武市先生や桂さんらに認めらえる形でおんしに根付いちゅう。おんしの家を脅しちょったこんまい上士なんぞ、とっくに追い抜かしよった!おんしは、誰に頼らんでも生きていける強さをとっくに備えちゅう!やってみい、柊。蝦夷ち言う新天地で、一からやり直すんじゃ。自分の力で歩き、自分でやりたい事を見つけろ。」

 途中から柊に語り掛ける形で提案をした内蔵太は、再びはつみと桂に視線を戻し、これが自分の提案であると改めて伝える。はつみが頷いて見せたのを見てから、それに同調するかの様に桂も一歩踏み出し、柊の肩にそっと手を置いた。

「…柊くん。私は君の心を知る事なく、知らぬ内に傷つけていたんだね…。…私の優柔不断さがそれを招いた事、申し訳なく思う。」

「………。」

 首を振る柊に、桂は静かに続けた。

「私は君に助けられていたよ。辛くて不安だった出石での潜伏期間も、君のその聡明さと機転の良さで何度も救われた…。武市殿が君を傍に置いていたのも、心から納得しているんだ。だから、いつだって、自分に自信を持ってほしい。…君が望みさえしてくれれば、また私の側に居て欲しいと思う。勿論、新しい、君だけの道を探すというのなら、喜んでそれを応援するよ。…君が決めていいんだ。」



 かくして、柊智は蝦夷を目指す事となった。翌朝、紙切れに『蝦夷を目指します』とだけ書かれて姿を消していたのである。

「途中で発作的に命を絶つ事があったとしても、それはもう、一人で考えた末に武士として選んだ道であろう」

 と、今いる面子野中では一番冷静に局面を見ていた高杉がいう。一同はそれぞれに思う事がありながらも誰に同意を求めるでもなく頷き、無言ではつみを労いながら、一旦解散となった。


だが、柊に襲われたからではない、もっと深い精神的な理由からはつみの表情がますます輝きを失い鬱々としていた事に、高杉だけが気付いていた。







※仮SS