小松が『遠乗りをしないか』と声をかけてきた。遠乗りといっても小松の馬に二人乗りである事に遠慮し
「私が乗ってもいいんですか?」
と聞くと、うーんと少し考えるそぶりを見せてからあっけらかんと
「男装もしちょっけん、大丈夫じゃっど」
と言って馬上へと引き上げてくれた。ハナから全く気にしていない様子だった。
亀山を通り抜けて風頭山へ向かう。内心『あの小松帯刀と亀山に来るなんて…』と、この状況に驚愕するはつみ。見晴らしが良いという山頂への道程は整っているとは言えなかったが、馬術の才に長けた小松のなせる業か、難なく通過する事ができた。
気温は低かったが非常に良い天気で小春日和なのが幸いした。美しく輝く海辺に広がる長崎の港を一望する。はつみにとっては標高の高い場所から長崎を一望するのも初めてだったが、それ以前に『高い場所』に来た事自体が久々なのもあって尚更眼福であった様だ。
文字通りに『眩しい』笑顔で風景を楽しむはつみの横顔を見ながら、小松は思う。女だてらに土佐藩参政の支援を受けて二度も長崎へ遊学に出された上、他人に対し柔軟で外国語を操る事で西洋の人間にさえも友好的に接する事ができる…。見た目も極めて麗しく、驚くほど健康的で輝いてすらいる。世の中に、このような才に溢れた女性がいるとは…。
薩摩では厳格な家父長制のもと、「男は外、女は内」といった風潮が極めて強い。はつみの様に女性が目立つ事は勿論、「外」に影響のある言動をする事自体が厳禁とされている。とりわけ、小松は自分の妻に対し共に温泉旅行を楽しむなどそこまで厳格さを求めない珍しい武士であったが、だからこそ、長崎にまで新たな学問へと視野を広げにきた小松にははつみの姿が『非常識』なのではなく『新しい世界そのもの』として眩しく映ったのだ。
小松のまっすぐな視線に気づいたはつみは、吸い付く様に重なった視線を慌てて泳がせた後、少しはにかんだ様子で
「…どうしました?何かついてますか?」
と改めて視線を合わせて来た。背後に輝く海よりも眩しく見える彼女が外ならぬ己に語り掛けているのだという状況に何とも言えぬ幸福感を得つつも、小松は爽やかに微笑み返して見せる。
「今日はおいん息抜きに付き合わせもしたけんど、おはんの気分転換にもならじゃったらよかっど」
「もちろん!私も気分転換になりました!有難う御座います、小松さん」
※仮SS