1月末を以て帰藩の途に着くはつみらの為に、なじみ深い面々を身分関係なく宴席へ招待する小松。
彼は分け隔てなく皆と接し、必要であれば教えも乞う事ができる好青年極まる人物であった。彼が席を外している時に北郷が改まって話をする。
小松は学問の為だけに長崎へ来たわけではなかった。藩内で派閥争いがあり、有望の士である小松を巻き込まない為に藩主の懸命なご判断によって長崎遊学という命を受け、ここに来たのだと。同じく長崎遊学にまで来られた龍馬達はきっと藩の期待を受けた才ある方々と見受けし、今後、時勢によって小松と志を同じくする時があれば何卒、今日の縁を思い返してほしい…と、内内に申し出て来た。北郷も小松と同じぐらい身分の高い武士であったが、友の為にこの様な申し出をする姿に一同感心、寅之進などは涙までにじませていた。
時に…と北郷ははつみに視線を向け「小松の様子を見て来てほしい」と付け加えた。はつみはなんの疑いもなしに席を立ち、寅之進も何も気付かずただ親切心から「俺もお供します」と立ち上がるのだが、経臣がその裾を無言で引っ張り一献注がせる。…友からも、そして藩主からも愛される小松も、はつみに対しては少々思う所ができた様で…。察した龍馬は「ちゃちゃちゃ」と笑うと、何かを押し込むかの様に手酌で一献煽るのだった。
小松と合流したはつみは何の下心もなく、しばし二人での会話を楽しんでいる。『下心がない』というその言葉通り、はつみは小松の長崎滞在予定や、その間に家を守る妻の事などを話題にする。小松は差し支えなくにこやかに返答する傍ら、はつみの今後について…否、次はいつどこで会えるのだろうという事を考えずにはいられなかった。見聞を広げるというのであれば、亡き斉彬公の采配により『世界』へ視野を向け大きく進歩しつつある我が薩摩へも来てみないかと言いたかったが、もとより出入国に際し他藩よりも厳しい対応が見られる薩摩であるのに、加えて今の自分の立場では例えはつみが女でなくても如何ともしがたい現実があった。故に、何も言えなかった。実際、もし今薩摩に招いたとしてもはつみは女である。つまりどう考えても無視や回避ができない事案として、『正妻の存在』がある。
…二心などないと言い切ったり、あるいは真逆の方向で妾を囲った所で文句は言わせないとする考えも世の中あるにはあるだろう。だが、今の小松にはその『どちらも』貫けそうにはなかった。その自覚がすでにあった。
「いつかおいの薩摩ん地をはつみどんに見せたか。」
「湾に桜島が浮かぶ景色がとてもきれいだって有名ですよね!私もいつか行ってみたいです」
今すぐにでも連れて帰りたい気持ちを抑え込んで、小松ははつみと共に座敷へと戻る事を提案するのであった。…これ以上二人でいれば、余計な事を言ってしまいそうだった己への自戒も込めて
※仮SS