仮SS:Come on a my house.



6月頃。サトウは遂に、港を一望できる高輪の丘に大きな高屋敷を借りるに至っていた。

港を一望できる丘の上にあり、様々な大きさの部屋がいくつもつくられ、広い庭がついている。二階にはサトウの寝室と日本人向けのゲストルームがあり、階段が3つあったので万が一襲撃に遭った際には逃げ出す事が可能だった。一階にはヨーロッパ人向けのゲストルームと1つと、応接室が2つ。
使用人の為の部屋が一つに書斎が一つあった。

書斎には和の風情漂う円形の窓があって海を覗く事ができ、四角形の窓からは庭を覗く事ができた。小さな食器棚と本屋紙を収納する為の棚が沢山備え付けらえており、事務作業を行う為の机と小さなテーブルもある。サトウと日本語教師の為の椅子が1つずつ、そして公使館付きの中国語の教師のための長椅子も一脚あった。書斎から出ると大きな洗面台と台所もあり、多くの人を呼んでも申し分ない程の余裕ある屋敷だった。
更に、近くには『離れ』として二階建ての建物があり、そこには使用人の他、食事の給仕とその他雑用を任された14才の少年が住んでいた。彼は侍の子であり英語を教える事となっている。
食事は引き続き万清という有名な店から取り寄せていたが、ビールだけはイングランドのものを飲んだ。

家の事は野口が一切を取り仕切り、各種料金の支払いや修繕、来客の対応などを行った。その他、30歳くらいの女性が『飯盛り女』として配置されており、床掃除や朝夕の雨戸締り、衣類の繕いなどを担当し、また家の住人の為に米を炊いたりなど何でもしていた。門番もおり、彼は庭の掃除や馬丁など召使いの役割も担う。

また、サトウがでかける時はいつでも幕府の護衛が最低二人はつく様になっていた。彼らはこの年の始めに陸路で大阪から旅をした時に同行し、友情を育んだ護衛達6人であった。あの度によって絆が生まれた両者の間で、互いに望む様に、この新しい屋敷へと共に入ったのである。彼らは例の少年が済む離れに住み込み、いつでもサトウの護衛に当たっていた。






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